2010年12月04日

「赤い城 黒い砂」蓬莱竜太 翻案・脚本


【原作】シェイクスピア,J・フレッチャー
【脚本】蓬莱竜太
【演出】栗山民也
【出演】片岡愛之助,黒木メイサ,中村獅童,南沢奈央,馬渕英俚可,中嶋しゅう,田口守,中山仁 〜東京・日生劇場で録画〜

NHKのBSで放送されたものを観た。とても面白い。
http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20101129-10-05260

原作はシェイクスピア(とジョン・フレッチャー)の『二人の貴公子』だそうだが、かなりアレンジされているようだ。
原作を読んでいないので、どの程度改変しているのかわからない。
ウィキペディアによると恋愛悲喜劇だそうだが、その言葉から想像されるより、ずっと激しい舞台だった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%B2%B4%E5%85%AC%E5%AD%90

無国籍ファンタジーだ。
絶えず戦争を繰り返してきた「赤い国」と「黒い国」。
武器商人モトから強力な兵器を購入した赤い国は、ついに黒い国を破る。
「黒い国の獅子」と呼ばれる二人の戦士、ジンクとカタリは捕虜となり、牢獄につながれる。
この二人の戦士を主人公に、“赤い国の魔女”と呼ばれる王女ナジャ、牢番の娘ココなどを巡る、愛と憎しみ、裏切りと復讐の激しいドラマが繰り広げられる。

日本人のキャストで無国籍ファンタジーって難しいと思うんだけど、気恥ずかしさをほとんど感じることなく見ることができた。
王女ナジャ(黒木メイサ)の凛凛しさには見惚れた。

シェイクスピアというより、漫画的なおもしろさだ。
もちろんシェイクスピアだって、激しい愛憎、復讐や闘争をふんだんに描いてるわけだが、見ていて具体的に漫画を連想させる場面が結構あった。

「困苦に耐えよ、屈辱の元でも子を生み育てよ」という、『風の谷のナウシカ』の名セリフ(マニ族僧正の遺言)がほとんどそのままでてきて驚いた。かなり肝のシーンで使われるけど、意図的な引用だろうか。まさかシェイクスピアの書いたセリフではないと思う。
まあ、ぱくりと言う点では、宮崎駿もシェイクスピアも、人のことは言えないわけだが。

最新兵器(知識)を人々にもたらす悪意の伝道師モトは、諸星大二郎『マッドメン』にでてくる神アエンの垂迹した姿じゃないだろうか。
アエンは、カーゴ(積荷)をもたらし人々に知恵をつける仮面の神。
「必ずまたやってくるぞ」みたいなセリフもあったはずだ。

漫画的ファンタジーは好きなんだけど、最近の漫画は絵柄が苦手で読めないことが多いので、劇でこういうのやってくれるのはありがたい。


音楽は、舞台袖のパーカッショニストが生演奏でどんどこやり、躍動感を舞台に添える。ほかに、トルコっぽい管楽器やインドっぽい歌やモンゴルっぽい歌など、世界の民族音楽が無節操に流れ、アジア的無国籍感を醸してなかかないい感じだ。

ただ、この劇に限らないけど、日本の現代演劇を観てると、楽屋落ちというか、悪ふざけ的なギャグ(?)でせっかくの雰囲気を損なってることが多い気がする。
異化効果をねらってるとも思えない。ユーモアのセンスがないので、単なるおふざけにしかならないのだろう。
それで笑う観客もどうかと思う。


『二人の貴公子』 ウィリアム シェイクスピア、, ジョン フレッチャー 著
 シェイクスピアの作と認定されたのは最近だそうだ。


『マッドメン 最終版』 諸星大二郎 著
 ずっとMAD MENかと思っていたが、MUD MENだったのか。 名作。
posted by 読書家 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

「上海バンスキング」 串田和美 演出

「上海バンスキング」
収録:2010年3月10日(水) Bunkamuraシアターコクーン。
【作】斎藤憐, 【演出】串田和美, 【出演】吉田日出子, 串田和美, 笹野高史, さつき里香, 小日向文世


伝説の名舞台が16年ぶりに復活。吉田日出子、笹野高史、小日向文世など、オンシアター自由劇場のメンバーが再集結。

NHKで放映されたものを観た。

私が初めて「上海バンスキング」を観たのは最近だ。NHKの昭和演劇大全集で1,2年前にやっていた。
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090803080030179/
銀座博品館劇場で上演された82年上演のもの。たいそう面白かったのだけど、演奏場面を中心にかなりカットされていたようなので、今回また観たのだった。

今回も面白かったのだけど、正直言って、かなり無理してるなあ、という感じも否めなかった。声も出にくく、体も動きにくくなっているようだ。
往時を懐かしみ、感慨にふけりつつ観るのには良いと思うが、この復活公演で初めて「上海バンスキング」をみる人は果たして幸せかどうか。
当時の公演がノーカット版のテープで残っているんだとしてら、ぜひそちらを放送してほしい。

見所の一つ、役者自身による演奏シーンにしても、小さな劇場で観客と一体となった熱気の中でこそ盛り上がるんだと思う。今回はちょっと距離を感じてしまった。

演出は基本的に以前のままらしい。

前にも不思議に思ったのだけど、ミスター・ラリーの配下の中国人たちが、吊り目に高い頬骨というモンゴロイド・マスクをわざわざ着けて演じられているのはなぜだろう。
日本の漫画だと、日本人は白人顔なのに、中国人はアジア人顔に描かれてたりする不思議な現象がよくあるけど、そういうのを思い出してしまった。
まあ、ここは演技というより集団パフォーマンスのシーンだから、あえて様式化したんだと思うけど。

リリーがバクマツに逃亡を促すシーンで、「あなた中国人に見えるよ」というセリフに以前は客席に笑いが起こっていたが、今回はどうかな、と思っていると、やはり笑いが起こるのだった。


ところで、吉田日出子の歌は、戦前の日系三世の人気歌手、川畑文子の唄い方を意識的にコピーしたそうだ。特にまどかのテーマ曲ともいえる「貴方とならば」などは、レコードがすり切れるほど聴いて完全にコピーしたらしい。

というようなことを、私は久世光彦の「マイ・ラスト・ソング」で知った。本は読んでないが、ラジオ化されたものを聴いたのだ。ラジオ日本で金曜深夜27時から28時。昔の歌謡曲、唱歌や賛美歌などがふんだんに流れるので、愛聴している。四谷シモンによる「影を慕いて」、田中裕子よる「十九の春」などの珍しい歌も聴ける。もっとも、知らない歌について、文章から想像をめぐらす方がかきたてられるものは大きい気がする。実際に歌をきいてしまうとそれまでだ。

吉田日出子「貴方とならば」(YouTubeへリンク) http://www.youtube.com/watch?v=80TH5H_Gfxw&feature=youtube_gdata

川畑文子の「貴方とならば」は見つからなかった(下記のCDの試聴はできる)。そこで「上海リル」へリンク(YouTube) http://www.youtube.com/watch?v=zUtfwe8ecHA

ちなみに「貴方とならば」は、川畑文子がディック・ミネらと共演した映画『うら街の交響楽』の主題歌として日本ではヒットしたそうだ。元はアメリカ映画の主題歌。と、ラジオではいっていた。
でも、検索すると「サイド・バイ・サイド」という全然別の曲が「貴方とならば」とされている場合が多いようだ。ちょっとよくわからない。混同されているのかな。原題はI'm Following Youのはずだ。
http://hintmint.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-d9a5.html


吉田日出子のライブとスタジオ録音。やっぱり良い。


川畑文子による「貴方とならば」が収録されている。持ってないけど、試聴した限りではこの曲で間違いないようだ。

posted by 読書家 at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

『コースト・オブ・ユートピア 〜ユートピアの岸へ〜』

コースト・オブ・ユートピア−ユートピアの岸へ
第一部:VOYAGE「船出」
第二部:SHIPWRECK「難破」
第三部:SALVAGE「漂着」

作 トム・ストッパード
翻 訳 広田敦郎

演 出 蜷川幸雄

出 演 阿部寛、勝村政信、石丸幹二、池内博之、別所哲也、長谷川博己、紺野まひる、京野ことみ、美波、高橋真唯、佐藤江梨子、水野美紀、栗山千明、とよた真帆、大森博史、松尾敏伸、大石継太、横田栄司、銀粉蝶、毬谷友子、瑳川哲朗、麻実れい ほか

公演日程 2009年9月12日(土)〜10月4日(日)

 NHKで年末に放映されたものを観た。すばらしかった。
三部作、全9時間を超える大作だけど、全く飽きさせない。重厚にして濃密な舞台だった。

 19世紀ロシアの知識人の苦闘を描く。
 無政府主義者バクーニン、思想家ゲルツェン、文芸批評家ベリンスキー、詩人・革命家オガリョーフ、小説家ツルゲーネフなど、断片的にしか知らなかった知識人たちが血肉をもって立ち上がってきた。
 革命の理想と挫折、家庭生活の悲劇、友情、恋。

 延々と交わされる議論はドストエフスキーの小説でも読むようなおもしろさ。スラブ派と西欧派の対立、旧世代とより急進的な新世代の相克など、革命思想に揺れるロシアの姿がダイナミックに伝わってきた。脚本家の脚色がどの程度加わっているのかわからないが。

 私は特に文芸批評家のベリンスキーに心惹かれた。激越な批評とあまりに不器用な私生活、とても魅力的な人だ。

 ベリンスキーといえば、新人作家ドストエフスキーを見いだした批評家としてわずかに知る程度だった。
 確か、ドストエフスキーは『作家の日記』〈1〉 (ちくま学芸文庫)の中でベリンスキーを批判していたな、と思い出して、本棚から引っ張り出してみた。すると、本の冒頭からいきなりベリンスキーとゲルツェンの思い出からはじまっていた。かなり対照的な人物として描かれている。ドストエフスキーによる人物評を少し引用してみる(飛び飛びです)。

ベリンスキーについて
「その一生を通じてどんなときでも、まさにわれを忘れて感激してしまう人物であった。」
「初めて知り合いになった当座、彼は心の底からわたしに愛着をいだき、きわめて人の好い性急さを剥き出しにして、いきなりむきになってわたしを自分の信仰に改宗させようとしたものであった。」
「社会主義は個人の自由を破壊しないばかりか、その反対にそれを前代未聞の高さにまで引き上げ、新しい、もはや決して崩れることのない強固な基盤の上に再建させることになるものと、彼はその全存在をかけて確信していたのである(彼の信じ方はゲルツェンよりもはるかに盲目的で、ゲルツェンは最後には、どうやら、それに疑念を抱き始めたように思われる)」
「その生涯の最後の一年間はわたしはもう彼の家を訪ねることはしなくなっていた。彼はわたしを憎むようになったのであるが、しかしわたしはその当時は彼の教えを一から十まで夢中になって受け入れたものであった。」


ゲルツェンについて
「彼はわが国の地主貴族社会の産物で、なによりもまずgentilhomme russe et citoyen du monde(ロシヤの貴族でまた世界の市民)であった。これはロシヤだけに見られる、そしてロシヤ以外のどこの国でも見ることのできないタイプであった。」
「ゲルツェンはどうしても社会主義者にならなければならなかった、しかもいかにもロシヤのお坊ちゃんらしく、つまりまったく何の必要も目的もないのに、ただ単に『その思想の必然的な成り行き』から、そしてまた祖国にいては心が満たされないためにそうならざるを得なかった。」
「彼は家庭というものを否定したが、それでいながら、どうやら、よき父親でありよき夫であったらしい。彼は私有財産を否定したけれど、適当な時期に手回しよく身のまわりを整理して、外国で自分の生活が保証されたことをしみじみとありがたく思ったものである。」
「彼は革命を推し進め他人を煽動して革命へ狩り立てたが、それでいながら安楽な生活と家庭の安穏が大好きであった。」
「彼は芸術家で、思想家で、作家としても異彩をはなち、世にも珍しい博覧強記の読書家で、機知に富んだ人物で、話術の達人で(彼は書くよりも、むしろ話す方が上手なくらいであった)、そしてすばらしい反射鏡であった。」

 この劇を見てると、人間があんなにとうとうと話し続けられるものだろうか、と呆然とするけど、実際にあれくらい喋ってたんだろう。
 先進的な西欧との葛藤、という点では日本人にも共通するテーマだけど、あの洪水のような「議論」は日本と対照的な感じがする。

2部以降は、ゲルツェンの亡命(?)先であるフランスやイギリスに舞台が移るので、ロシア好きとしてはやや残念だけど、ドラマチックな展開にはやはり心打たれる。


 演技や演出については、ゲルツェン役の阿部寛は力みすぎではないかとか、栗山千明や佐藤江梨子は演技派とは言えないな、とか、バクーニンを滑稽化するのはいいとしても、そのやり方がテレビのお笑いみたいだな、とか、まあ細かい不平不満を言えないこともないが、全体にすばらしい舞台だったと思うし、これだけの難しい大作を実現してくれたこと自体にお礼を言いたい。

 本当はビデオで保存しておきたかったのだけど、もう消してしまった。録画ハードディスクの残り容量が少ないので、一度見たものは消すことになってるのだ・・・残り容量に振り回される生活はもう終わりにしようとおもってたのに。

 しかし! 1月下旬にハヤカワ演劇文庫でトム・ストッパードの戯曲 「コースト・オブ・ユートピア――ユートピアの岸へ」の翻訳版が出版されるそうだ。うれしい。セリフを追えなかった部分も多いので(ハードディスクの残り容量に追われてじっくり見られなかったのだ)、ぜひ読みたい。

 脚本のトム・ストッパードは、チェコ出身のイギリスの劇作家。『恋に落ちたシェイクスピア』の脚本も書いた人だそうだ。『恋におちたシェイクスピア』はそれほど面白くなかったが、すごく頭のいい人が書いている感じがした。他愛のないラブストーリーの下に何か企みが潜んでいるようなんだけど、それが私には理解できなくてもどかしい感じがしたのを憶えている。


 早川書房の演劇雑誌悲劇喜劇 2010年 1月号は、トム・ストッパードの特集をしているそうだ。

 なお私が読んだ本では、エドワード ラジンスキー著『アレクサンドル2世暗殺』がこの劇に近い題材を扱っている。ゲルツェン、バクーニンなども当然登場するが、主役はより過激な次の世代。テロや革命を実行に移していく。このブログにも感想を書いた。 http://dokushoburogu.seesaa.net/article/115285239.html


posted by 読書家 at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

『焼肉ドラゴン』

<作>鄭 義信
<翻訳>川原 賢柱
<演出>鄭 義信,梁 正雄
<出演> 申哲振,高秀喜,千葉哲也,粟田麗,占部房子,朱仁英,若松力,朴帥泳,金文植,笑福亭銀瓶,水野あや,朱源実,朴勝哲,山田貴之
<収録> 2008年4月26日 新国立劇場 小劇場

昨日NHKの「芸術劇場」で見た。すごく良かった。

高度成長期の日本。関西のどこか。済州島からわたってきた在日一世の夫婦が営むホルモン屋を舞台に、家族の絆を笑いと涙で描く。

演劇を見慣れてないせいもあってか、最初のうちこそ、おとなたちが大声で騒ぎまくる図に引きがちだった。長男の言い草じゃないけど。
でも一度引き込まれてからは、もう彼らの人生にまきこまれたようになって、感情豊かにけんかしたり愛し合ったりする彼らに共感して、こちらも笑ったり泣いたり、いろんな感情を味わうことになった。

キャストは日韓混成。特に母親役の高秀喜がすばらしかった。父親役の申哲振も演技うまいんだけど、高秀喜の方はそもそも演技に見えないのがすごい。

屋根の上の長男は、せりふが作文調なのはいいとしても、なんであんなに力一杯朗読するんだろう、と疑問に思わないでもなかった。でも十代でいっぱいいっぱいの少年の、力の入れ所がわからない感じを描くにはあれでいいのかもしれない。

ギャグは分かりにくいものも多かったな。常連客たちの揃った言動とか、無意味に大笑いする長谷川さんとか。ギャグじゃないのかな。単に風変わりな人たちなのかもしれない。

けちをつけずにいられない性分なので細かい文句も書いたが、ともかく、感動的な舞台(の中継)だった。
歴史の波に流されつらい思いもしながら助け合って生きる人々の姿が強く心に残った。


笑福亭銀瓶のホームページ 長谷川さん役の笑福亭氏のページ。時々『焼肉ドラゴン』への言及があるようなのでリンクを。
ラベル:焼肉ドラゴン
posted by 読書家 at 16:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。