2012年12月09日

『大きな魚をつかまえよう―リンチ流アート・ライフ∞瞑想レッスン』 デイヴィッド・リンチ 著


『大きな魚をつかまえよう―リンチ流アート・ライフ∞瞑想レッスン』 デイヴィッド・リンチ 著
四月社 2012年刊 1,800円


映画監督デイヴィッド・リンチが、超越瞑想やアートについて語る。

超越瞑想(TM)とは、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーによって西洋社会に広められた瞑想法。
リンチは若いころから超越瞑想法を生活に取り入れ、そこから大きな精神的自由を得、純粋意識の深みに潜ることによって多くのアイデア(大きな魚)を捕まえてきたのだという。
いかに超越瞑想がすばらしいかが語られる。
また映画撮影の裏話なども少しは語られる。
映画についてはごく簡単な記述だけど、リンチの発想法の一端がわかって興味深い。

瞑想の具体的な方法については書いていない。やっぱり・・・。
超越瞑想はインストラクターによる適切な指導が必要で、本で学べることではないらしい。

私が超越瞑想法を知ったのもリンチを通してだったんだっけ。
以前、超越瞑想法の入門書を図書館で借りて読んでみたら、超越瞑想法をマスターすれば人生がこんなにすばらしくなる、とさんざん謳った後、それ以上知りたければここに入会しなさい、と連絡先が書いてあった。

その時は、なんかうさんくさいなあ、と思ってそれ以上は深入りしなかったのだ。

この本もほとんど同じ作りだ。

でも今から考えると、本当に超越瞑想に力があるなら、指導者の適切な導きが必要だとするのは至極まっとうな話だよな。手軽に安上がりに精神を改革しようとする私がよくないのだろう。

ビートルズのドキュメンタリー番組を見ていたら、ジョージ・ハリソンをはじめとするメンバーはマハリシ・ヨギに傾倒してインドに渡ったが、マハリシが金の亡者だと気づいて離れていった、とされていた。
それで先入観をもってしまったのだけど、本書の訳者後書きによればこの話は嘘で、ジョージもポールもリンゴもずっと瞑想を続けていたそうだ。


信じて飛び込んでみるべきかなあ。TMをマスターしたからといってリンチやビートルズのようになれる訳じゃないだろうけど(リンゴが瞑想のおかげで名曲をどんどん作るようになったみたいな話は聞かない)。
多くの芸術家は精神を集中するための独自の方法を持っていて、リンチの場合はそれが超越瞑想法だった、ということなのかもしれない。

でも安らぎが得られるならそれだけでも価値がある。

引っ込み思案のためにずいぶん損しているような気がしている。
学生時代、新興宗教の人に街でしょっちゅう声をかけられていた。人ごみの中でもたやすく見つけられるほど不幸なオーラを発していたのだろう。
もし応じていたらどうなってたんだろう、と時々考える。

まあ瞑想は宗教ではないということだが。
とりあえずは本で学べる瞑想法から試してみるのもいいかな。

http://www.youtube.com/watch?v=F-TY1isvhJs
Stevie Wonder - Jesus Children Of America
スティーヴィー・ワンダーの「神の子供たち - Jesus Children of America」
(アルバム「インナーヴィジョンズ(Innervisions)」収録)は、超越瞑想を歌った曲だそうだ。
歌詞 http://jp.lyricbus.com/uta/kashi/jesus-children-of-america/203989.aspx
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2011年06月27日

『大津波と原発』内田樹、中沢新一、平川克美 著



『大津波と原発』内田 樹 , 中沢新一 , 平川克美 (朝日新聞出版)

大きな事件などがあったとき、この人の意見を聞きたい、と思うような偉い人はだんだん少なくなっている。
中沢新一さんは数少ない一人。

本書は、Ustreamで配信された2011年4月5日の鼎談を元にしたもの。
100ページあまりの小さい本だけど、かなり大きな話も出た。

中沢さんによると、原子力エネルギーは、太陽圏からの異質なエネルギーを生態圏に持ち込む技術であり、その歴史はまだ70年しかない。
その新しいエネルギー源に対応した思想はまだ深められていない。
中沢さんは、「エネルゴロジー」(エネルギーの存在論)ということばを提唱し、新たな知の体型を組み立てる必要がある、と説く。
より詳しくは「すばる」誌の2011年6,7月号「日本の大転換」で書いている。まだ前半しか読んでないが。

また、原子力は一神教的なエネルギーであり、日本人はその異質で恐ろしい神をどのように扱えばいいかという思想的システムを持っていない、というような話も。
一神教の本質をわからないまま神仏習合的な対応で、産業発展のイデオロギーを一緒くたにして原発を扱ってきたことが福島までつながった。
それに関連して、インドには、シヴァ神のリンガ(男根)の形をした原発がある、という話には驚いた。写真を探したけれど見つからなかったが(ただ検索するとタージマハルかと思われるような白亜の美しい原発もあって、ちょっと唸った)。
インドの発電所リスト(wikipedia)

宗教学者らしい見方で、おもしろいことはおもしろいけど、正直いうと、「本気でそう思ってるんですか?」と聞き返したくなるところもある。言葉遊びで面白がってるだけなんじゃないか、と。

これは内田樹さんの本でも思うことある。ブログで読むとすごくおもしろいのに、本の形で、しかも大学の講義がもとになってるとかいうと、うーん、これって本気なのか、と疑いたくなる。

今瀕している危機があまりに大きく急を要しているので、放射能漏れはどうするのか、といった現実的な話以外はこちらが受け付けにくくなってるのかもしれない。
文明論とか神学論みたいなところから入られると「なにを悠長な」という気分になってしまう。
もちろん大元から我々の文化を考え直すことは大事だと思うし、中沢氏はじめ皆さんには今後も思考を深めていただきたいとは思っている。

なお、内田樹さんの原発への見方は明快で、テクノロジー自体はニュートラルで、良いも悪いもない、という。しかし、高度なテクノロジーを安全に維持・管理するだけの高い知性を集団的・継続的に維持するだけの教育システムを人間(特に日本人)は持っていない。だから原発にはずっと反対だった、とのこと。

また中沢さんが、日本の自然思想に立脚した新しい形の「緑の党」を立ち上げる、という話もあった。孫正義さんにスポンサーになってもらおうとか。


本書に引用されていた、故・平井憲夫さんという、現場監督として初期から原発にかかわっていた方の講演がネットで読める。
原発がどんなものか知ってほしい
かなり恐ろしい話。うそばっかり、という批判もあるそうだけど、今の原発の状況を見ると、かなり信憑性があると思う。

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2011年04月24日

『ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書』




東北地方を舞台とした本を何か・・・と思ってこれを思い出した。

義和団事件における北京籠城戦で有名な柴五郎の思い出の記。
賊軍の子として惨苦を極めた幼少年時代を中心に、陸軍士官学校生として軍人の道を歩み始める二十歳ころまでが描かれる。

柴五郎は会津藩の上級武士の子であった。明治維新に際し、会津藩は朝敵として薩長軍に蹂躙される。戦火の中、柴五郎の祖母、母、姉妹はことごとく自刃をとげ、生き残った家族も俘虜となる。その後下北半島に移封されるが、寒さと飢えのために極限生活を強いられる。
後の西南戦争に、薩摩の芋武士への復讐の好機として兄弟こぞって参戦を図るところなど、恨みの強さを感じさせる。
敗者の側から明治維新前後を描く貴重な記録。


首都圏向け電力のための原発で移住を強いられる福島の人たちに重なるところがあるかもしれない。
福島県といっても会津若松は内陸だから、今回の震災の被害は少ないのかもしれない。むしろ避難先になっているようだ。それも原発が爆発すればどうなるかわからないが。
福島からの転校生がいじめられているという報道もあって、本当ならやりきれない。日本中の人がひとつになって被災者を支えているような気分も広まったけど、弱い立場の人間をさらに虐げる人の心が変わるわけじゃないか。

無理に現状と重ねる必要もないが・・・。


なお本書は柴五郎翁本人による手記に、編著者・石光真人氏が聞き取った事項を補足し、整理したもの。
残念ながら完全版ではない。本筋と関係ない身辺の些事や親しい人々についての記述は省略したそうだ。
想い出の記に本筋も些事もないだろうと思うけど、出版当時には大局を描くことが大事だって考え方が強かったのかもしれない。

第二部として編著者による長い解説がついているのだが、柴五郎の人となりを紹介するのはいいとして、編著者自身の考えも相当混ざっている。本文を割愛してまでここに書く必要があるのか、疑問に思う。
柴五郎翁の謙虚な人柄を賞賛するのなら、編著者にも是非謙虚さを発揮して、自分の主張は抑えていただきたかった。
もっとも最初に読んだときは、初めて知ることも多くて面白く読んだのだが。

なお編著者の石光真人氏は、軍偵として活躍した石光真清のご子息。「石光真清の手記 」(中公文庫)も必読。
感想: http://dokushoburogu.seesaa.net/article/128971967.html



『北京篭城―付北京篭城回顧録』 柴 五郎,服部 宇之吉 著
 北京籠城戦を自ら語った講演速記。




『守城の人―明治人柴五郎大将の生涯』村上 兵衛 著
 柴五郎の評伝。未読。




『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか』レベッカ ソルニット (著)
 柴五郎とは関係ないですが。
 今回の震災で、被災者の冷静な対応が「日本人ならでは」と一部でいわれてる。しかし本書によると、日本人に限らず、大災害に際して人々はパニックを起こさず、助け合いと思いやりのやさしい共同体を作るものなのだそうだ。(未読だが書評によると)

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2010年12月31日

『谷崎潤一郎とオリエンタリズム』 西原 大輔(著)



『谷崎潤一郎とオリエンタリズム―大正日本の中国幻想』
西原 大輔 (著)
中公叢書


前に谷崎潤一郎『上海交遊記』の感想を書いた。中国にまつわる谷崎の文章を集めたもので、とてもおもしろかった。

この『谷崎潤一郎とオリエンタリズム―大正日本の中国幻想 』は、谷崎の二度の中国旅行をくわしくあとづけたもの。また、谷崎文学における「支那趣味」をオリエンタリズム(エドワード・サイードによる定義)としてとらえ、その性質や影響源を考察している。

私には後半の、第二回上海旅行についてかかれたところが特に興味深かった。中国側の資料などをもとに谷崎の旅行を見直している。谷崎自身の紀行文と大きく印象が変わるわけではないけれど、自分では書かないような行状もわかる。
田漢が村松梢風宛の手紙で伝えるところでは、谷崎は上海で「臨時の女性」に多額の金を貢いだけれど、結局「臨時奥様」にはなってもらえなくて、「私は老人ですからね」としょんぼりしていたそうだ。
あと、これは久米正雄の伝えるところだけど、一回目の中国旅行の出発前、谷崎は百以上のコンドームをタバコの大箱一杯につめ、これだけあれば大丈夫だろう、といっていたそうだ。夜のちまたでの漁色を楽しみにしていたようだ。

ちなみに田漢の方も、来日時は谷崎に祇園に案内されて、「酒と女の中で全てを忘れた」などと書いている。作家の国際交遊ってそういうものだったのか?
田漢を通しての中国映画とのかかわりも興味深い。

「オリエンタリズム」についての本としても,説得力があって面白かった。もっとも,私はそもそもサイードの『オリエンタリズム』を読んでない。いろんなところで引用されるから、読まなくてもなんとなく内容はわかってるような気になってる。いつかは読もう,と思っている数多の本の一冊だ。

西原氏のよると,谷崎は永井荷風を経由してヨーロッパのオリエンタリズム文学の影響を受け、ヨーロッパ人にとってのアラブに相当するものとして中国やインドをとらえていったようだ。
これは谷崎自身も、「日本人としてエキゾティックな芸術を開拓するつもりなら,支那や印度に眼をつけたほうがいい」などと(小説の中でだが)言っている。
活力があり性的魅力にあふれ色彩豊かで、しかし経済的政治的には停滞した社会として、自由に幻想を遊ばせることのできる異境とみなしたのだ。

さらに言うと,後のいわゆる「日本回帰」も、外人が日本をみておもしろがるような視点で関西の文化を見る、という自己エキゾティズムことによって日本の魅力を再発見していったのだ。
これも谷崎自身が「自分は外人が広重の絵を珍重するような意味で、旧き日本をエキゾティズムとして愛するのだ」と書いている。

ところで、こうやって自己オリエンタリズムが特筆されるってことは、そうではない自国文化の見方も存在するということか。そりゃあたりまえか。
でも、たとえば芭蕉だって西行の歌に重ねるようにして東北を旅したというし,必ずしも現実の東北を見たわけではないと思うけど,そうした見方とは根本的に違うのかな。
どうも自分は外国の目を通さずに自国の文化を見ることができにくくなってるものだから、幻想を含まない「日本人の目から見た日本文化」というのがどんなものかよく分からなくなってる気がする。

著者の西原氏によると、谷崎は二回目の上海訪問で郭沫若,田漢,欧陽予倩(おうようよせん)らと話し、中国の現状を知ることによって、「支那趣味」の小説を書けなくなったのだろうということだ(田漢氏もすでに似たような指摘をしている)。なるほどそうかもしれない。
でも考えてみると、谷崎は当然関西人の知り合いも多く現実も知っていたろうけど、関西をエキゾティズムをもって描くことになんの障害もなかったのだから、同じように中国を描き続けることもできたのじゃないかという気もするが。
谷崎は、「中国の田舎にしばらく居住して将来の著作のよりどころにしたい」という構想まで持っていたらしいのに,実現しなかったのは残念な気もする。
しかし中国人の友人にも読まれることを考えると生半可な知識と覚悟では書けない、という配慮がはたらいたのかもしれない。

ちょっと疑問に思うのは、オリエンタリズムは植民地主義と関係するから、批判されるべきなのはわかるのだけど、では異国文化に対してどういう態度を取るのが正しいのだろう。
幻想を抱かず現実を見るのは大切だろうけど、その結果、近代化や工業化によって古い文化が破壊される現状を肯定するしか無くなってしまうのじゃないだろうか。
古き良き文化を守るには、多少とも幻想の力が必要なんじゃないか,と夢や幻想が好きな私は思うのだが。

念のため言うと,西原氏は谷崎の「支那趣味」小説の文学的価値を否定しようとしているのではもちろんない。



潤一郎ラビリンス〈6〉異国綺談 (中公文庫)
谷崎潤一郎の、異国趣味あふれる小説を集めている。「支那趣味」ばかりでなく、インドや西洋も。
「独探」「西湖の月」「玄弉三蔵」「ハッサン・カンの妖術」「秦淮の夜」「天鵞絨の夢」





サイードの本で唯一読んだのがこの『遠い場所の記憶 自伝』だ。中東の多様性に眼を開かせてくれた。自伝なので読みやすいし、サイードの入門書としていいのではないかと思う。わたしのように、入門したきり一歩も奥に進まないようではいけないが。


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2009年09月27日

「石光真清の手記四部作」

城下の人―石光真清の手記 1 (中公文庫)
曠野の花―石光真清の手記 2 (中公文庫)
望郷の歌―石光真清の手記 3 (中公文庫)
誰のために―石光真清の手記 4 (中公文庫)

 点数:97点(100点が最高)

 「本の雑誌」9月号で、北上次郎氏が『許されざる者』辻原 登 (著)を紹介していた。その中で、石光真清が出てくるなら読まないわけにはいかない、みたいなことを書いている。私も、石光真清が出るなら読まざるを得ない、と思っている(それ以外にも読みたい要素がたくさんあるけど)。

 石光真清とは、明治時代、日露戦争前後を中心に、シベリアや中国東北部などで軍事密偵として活躍した人。その波瀾万丈の回想録は中公文庫で読める。これがとにかく面白い。

 写真屋に扮するなどしてロシアの情報を探っていく石光氏の活動もスリリングだし、大陸で出会う個性豊かな人々との交流も印象深い。軍人や政治家から、馬賊、女スパイ、薄幸の日本娘まで。
 森鴎外、二葉亭四迷、田中義一などの有名人もたくさん出てくるけど、ふつうの歴史の本では出てこないような登場の仕方で興味深い。

 波瀾万丈の面白さという点では、日露戦争前のシベリア・満洲での活動を描いた第二部『曠野の花』が一番だと思うが、それ以外の三作も必読。
 私は特に第一部『城下の人』がすきだ。熊本での幼年時代に遭遇した神風連の乱や西南戦争。成人してからは軍に入り、大津事件、日清戦争での台湾出兵などを経験する。こうした大事件の記録はもちろん、明治時代の社会や家庭の諸相が大変興味深い。真清の父親の立派さにも感銘大だ。
 また第三部の『望郷の歌』はおもに日露戦争従軍の記録と、帰国してからの苦労話。第四部『誰のために』では、再びロシアにわたって諜報活動に従事。ブラゴベシチェンスクでのロシア軍による虐殺事件に遭遇したりしている。

 あまりに面白すぎて、ちょっと眉につばを付けたくなる部分もある。偶然の再会とか多いし。事実関係についてはどの程度検証されているのだろう。題材が題材だけに検証しようがないのかもしれないが。

 もともと発表を目的に書かれたものではないので、形式も文体もバラバラで、小説仕立ての部分すらあるそうだ。それらをまとめるのは苦労だったろうと思うのだが、その詳細が全くわからない。註すらない。まあ一般読者としては読み物として楽しめればいいのかもしれないが。非常に貴重な記録だけにもっと詳しく知りたかった。

 編者の石光真人氏は著者・真清の御子息。この人は柴五郎の『ある明治人の記録』の編著者でもあるのだが、その校訂姿勢が高島俊男氏に罵倒されていた(『本と中国と日本人と』 (ちくま文庫))。私はどちらも大いに楽しんで読んだので罵倒する気はないけれど、原文をもっと生かすのが本来のあり方だろうと思う。
 なお、柴五郎とは、義和団事件で北京で籠城した際に活躍して有名な人。映画『北京の55日』では伊丹十三が演じた。石光真清の手記にも少し登場するが、若い頃、石光真清の叔父・野田豁通の家に寄食していたという繋がりがある。『ある明治人の記録』は、朝敵とされた会津藩士の子として辛酸を舐めた少年時代を回想したもの。これも必読。北京の篭城戦を含んだ評伝なら村上兵衛 (著)の守城の人―明治人柴五郎大将の生涯 (光人社NF文庫)を。柴五郎自身による講演の速記が北京篭城―付北京篭城回顧録 (東洋文庫)


ラベル:石光真清
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2009年03月07日

『アレクサンドルII世暗殺』エドワード・ラジンスキー著

『アレクサンドル2世暗殺〈上〉ロシア・テロリズムの胎動』
『アレクサンドル2世暗殺〈下〉ドストエフスキーの死の謎』

エドワード ラジンスキー (著), 望月 哲男,久野 康彦 (翻訳)  NHK出版

 19世紀ロシア、農奴解放などの数々の改革を行いながら、テロリストによって爆殺された皇帝アレクサンドル二世を描く「歴史ドキュメンタリー小説」。手紙や日記などの同時代史料を駆使し、皇帝側、テロリスト側双方の視点で、動乱の時代を生き生きと描き出す。

 なぜ改革派の皇帝が革命家に憎まれたのか、なぜ秘密警察(皇帝直属第三部)は暗殺を防げなかったのか、ドストエフスキーの死にテロリストたちはどう関わったのか。多くの謎を提示し、大胆な想像も交えながらスリリングに解明していく。

 ロマンチックで自由主義的な皇帝アレクサンドル二世は、父皇帝ニコライ一世の強権的政策を改め、「雪解け」「グラスノスチ(言論の自由)」と呼ばれる「ペレストロイカ(建て直し)」を行う。農奴解放令をはじめ、軍事、経済、司法など、ロシアの旧い体制を次々に改革し、さらには立憲君主制まで導入しようとしていた。だが、改革によって解き放たれた若者たちは、皇帝権力への怖れをなくし、より急進的な思想に染まっていく。ついには、カラコーゾフによる最初の皇帝暗殺未遂事件が起こる。

 アレクサンドル2世は、「双面のヤヌス」のように、改革と反動の二つの顔の間を揺れ動いて社会のバランスを保とうとする。だが、改革を始めるのは危険だが、それをやめるのはもっとずっと危険なのだ。いったん前へと動き始めたロシアをとめることは皇帝にもできなかった。

 アレクサンドル二世は、テロリストばかりか、政府内の反動勢力からも、危険な改革者として敵視されてしまう。反動勢力の親玉は、「大審問官」を思わせる顔を持つというポベドノスツェフである。皇太子(アレクサンドル三世)を取り込み、専政君主制の復権をはかるのである。

 孤立していく皇帝に、ナロードニキ系革命組織「人民の意志」のテロ攻撃がせまる。


 下巻の副題が「ドストエフスキーの死の謎」とあるように、特にドストエフスキーの愛読者にとっては興味深い内容になっている。
 ドストエフスキーとアレクサンドル二世はほぼ同時代を生きている。ドストエフスキーが死んでわずか一ヶ月後に皇帝は暗殺されているのだ。

 ドストエフスキーが晩年住んでいた部屋の隣には、なんと、皇帝暗殺計画の首謀者の一人が住んでいた。革命組織「人民の意志」の幹部で、「復讐の天使」と呼ばれた美青年テロリスト、アレクサンドル・バランニコフである。壁一枚隔てた部屋では皇帝暗殺計画が進行していたのだ。
 ドストエフスキーの死に、彼らがどう関わったのか、著者は、想像とはいえ説得力ある説を展開する。

 ドストエフスキー自身、若き日にペトロシェフスキー事件に連座して死刑判決を受けているように、革命家たちの「父」といえる立場にあり、社会変革の試みには生涯を通じて強い関心を持ち続けていた。
 ドストエフスキーが、友人のジャーナリスト、スヴォーリンに語った「たとえテロリストの爆破計画を知ったとしても、私は通報しないだろう」「カラマーゾフの兄弟の続編では、アレクセイ・カラマーゾフを革命家にするつもりだ」という言葉にも、著者は新たな意味を見出す。


 多くの革命家・テロリストが描かれるが、なかでもドストエフスキー『悪霊』のピョートル・ヴェルホヴェンスキーのモデルとなった革命家ネチャーエフは印象的。『悪霊』ではちょっと戯画化されていて、スタヴローギンに比べると小物っぽく描かれていたと思うけど、本書に描かれるネチャーエフはなんだかもっとすごそうな人物だ。
 恐るべきカリスマ性を持ち、苛烈な革命論理を打ち立て、無政府主義者バクーニンを手玉にとって援助を引き出し、ロシア全土に革命を起そうとしたのである。
 実際に成し遂げたことと言えば学生を一人殺したくらいだが、捕まってペテロ=パウロ要塞監獄に収監された後も、看守を洗脳して手紙を運ばせ、皇帝暗殺グループと文通して脱獄計画を持ちかけたりもしている。著者はこれを「アリョーシャ・カラマーゾフ」と「悪霊」との文通、と表現する。
 言ってみれば、悪霊は豚に乗り移って海で溺れ死ぬどころか、皇帝暗殺者、さらにはロシア革命のボリシェビキにまで取り憑いて、その後のロシアの歴史を動かし続けたのだ。

 『悪霊』のスタヴローギンのモデルはバクーニンだっていう説もあるそうだけど、ここに描かれる熱血漢のバクーニンはずいぶんイメージ違うな。なお、バクーニンのほかにもゲルツェン、マルクスらの大物も描かれる。マルクスが面白すぎる。


 ドストエフスキーの小説を読むと、まるで20世紀以降の世界を予見したような内容に驚くことがあるけど、ドストエフスキーの先見力のすごさはもちろんだけど、19世紀のロシアという時代そのものが、20世紀の動乱とテロの時代の先駆けだったことがよくわかる。「テロとの戦い」という概念もこの時代の産物だそうだ。


 著者のラジンスキーは、歴史ドキュメンタリー小説と呼ばれる手法でロマノフ朝やスターリンの時代を描きだし、ロシア文壇のスター的存在だそうである。本書は「ロシアの悲劇」という四部作の4作目。
 私は、ラジンスキーが面白い、とは聞いていたけれど、読むの大変なんじゃないかと思って置いておいたのだけど、本書はドストエフスキーへの興味で読めるだろうと読んでみたのだ。読みにくいところは全くなく、エピソード中心で次々に面白い事件がでてくるし、スリリングな謎解きもあり、最後まで一気に読んだ。
 反面、ここはもっと掘り下げてほしい、と思うところも駆け足で通り過ぎてしまうので、物足りなさもあった。一冊にすべてを求めるわけにはいかないか。



『テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後』和田 春樹 (著) 山川出版社 2005年刊
 私は読んでないけど、訳者あとがきで「近年の優れた参考文献」として紹介されていた。

「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する 」(光文社新書) 亀山 郁夫 著
 果たしてアリョーシャ・カラマーゾフは皇帝暗殺犯となるのか。これまでの諸研究や証言をふまえて続編の内容を空想する。空想の元になる材料が少ないから、目から鱗が落ちるような解釈は無かったけれど、これまでの諸説をまとめてくれたりしてるのでありがたい。
 また、『カラマーゾフの兄弟』執筆とテロ事件との関係を時系列的にまとめたりもしている。
 なお、NHK-ETV特集「ロシア・歴史は繰り返すのか」という番組で、亀山氏はラジンスキー氏にインタビューしていた。やはりゴルバチョフとアレクサンドル2世の類似性などが語られてた。

 ついでながら、亀山郁夫氏の『カラマーゾフの兄弟』新訳については、私は訳の善し悪しについては何もいえないけれど、いくつかの書評で「初めて通読できる翻訳」などと評されてるのは納得いかなかった。これまでも米川正夫訳を始め良い訳が多いと思うけど。個人的には、最初に読んだ米川正夫訳が一番好きだ。ドストエフスキーの熱に浮かされたような文体に一番ふさわしいような気がする。

『謎とき『カラマーゾフの兄弟』 』江川卓 著 (新潮選書)
 こちらはテロとの関連はあまりない。鞭身派、去勢派などの異端派信仰やロシアの土俗的信仰生活とのかかわりを中心に読み解く。
 とても面白いんだけど、どうなのかなあ。江川氏や亀山氏の本を読んだおかげで、数字の符号なんかにやたらと敏感になっちゃったけど、こうした読み方で果たしてドストエフスキーの読みが深まってるのかな。
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2008年08月18日

『大帝ピョートル』 アンリ・トロワイヤ著



『大帝ピョートル』 アンリ・トロワイヤ著 工藤庸子 訳 中公文庫

 ロシアのピョートル大帝(1672年〜1725年)の伝記。すごくおもしろい。
 非常にエキセントリックなツァーリで、破天荒なエピソードに驚きあきれつつ、最後まで一気に読んでしまった。変わり者だとは知っていたけれど、ロシアのヨーロッパ化に腐心した人だから、理性的で啓蒙主義的なツァーリなんじゃないかと思っていたら(まあ確かにそういう面もあるが)、常軌を逸した怪人だった。

 2メートルを超える大男で、強靱な肉体と鋭敏な頭脳を持ち、なにごとも自分でやらなければ気が済まない。自ら船大工、鍛冶屋、花火職人などとして玄人はだしの腕をみせる。拷問や処刑にまで自ら手を下す。外科手術にも手を出して患者を死に至らしめ、好んで死体を解剖し、臣下の虫歯を見つけては捕まえて引っこ抜く。
 戦争には一兵士として参戦。外国を歴訪するときも一砲術師に変装して使節団に加わり悦に入る。相手国は困惑し、ツァーリに気づかない振りをするしかなかった。
 敬虔な正教徒を自認しながら「道化の法王」を擁して教会を冒涜する儀式を行う。行く先々で大酒を飲み大乱行に及んで破壊の限りを尽くす。棍棒を持ち歩き、臣下を叱るときは容赦なくぶん殴る。他人を敬うことを知らず、相手が高官だろうが貴族だろうが、暴力や悪ふざけでひどい目に遭わせて反省しない。

 敵に対しては残虐だった。ピョートルは様々な改革を断行し、古いロシアを否定したため国内に敵も多かった。密告を奨励し、謀反の疑いがあれば徹底的に弾圧した。拷問と残酷な死刑。特に息子アレクセイへの過酷な追求は読んでいて息詰まる思いがした(ただし残虐性については、当時のヨーロッパの標準とさほど違わないのかもしれない)。

 ロシアの版図を大きく拡大した人だけに、のちの紛争にもつながる視点も興味深い。
 東には、ペルシアに攻め込み、カスピ海沿岸のバクー(現アゼルバイジャン)などを征服する。そこではナフサという燃える鉱物が採掘されていた。つまり石油。「『この鉱物は、将来大いに役立つはずだ』と彼は言う『ともかく我々の子孫の時代には』」 またアルメニアやグルジアのキリスト教徒保護を名目にトルコやペルシアへの領土拡大戦争をつづけられることを見抜いていた。
 西では、スウェーデン国王カール十二世との激しい抗争の末バルト海沿岸を手に入れ、ペテルブルクを建設する。荒涼とした沼地に多くの民衆の犠牲で建設されたアンチクリストの都。ドストエフスキーらが描く幻想的都市の原点だ。

 文学関連のエピソードをもう一つ上げると、ピョートル大帝につかえていた「悪意と奸計の見本のような人間」ピョートル・トルストイ(作家レフ・トルストイの先祖)は、ロシア大使のときコンスタンティノープルで黒人の少年を買った。その少年はツァーリに可愛がられ、作家プーシキンの曽祖父となった。

 歴史書としてどの程度正確なのか、私にはわからない。ただ、語り口が見事で、読んで大変面白い伝記だ。

 
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2008年07月20日

『赤めだか』立川 談春 (著)



 落語家・立川談春の青春期。17歳で高校を中退し立川談志に入門、二ツ目に昇進するまでを描く。

 兄弟弟子との友情やライバル心。型破りな芸人たちとの交流などが達者な筆で描かれる。型破りといっても最近の話だから高が知れているけれど、それだけ等身大の青春に共感できる。
 やはり一番精細あるのは師匠の立川談志その人。豪快かつ細心な人柄が弟子の立場から描かれて興味深い。こんなに丁寧に論理的に弟子に稽古をつけているとは意外だった。
 談春が伝える談志の言葉からも、そのすごみが伝わってくる。

 実を言うと私は立川談志の落語は聴いたことがなくて、いろんな人に尊敬されてるのは知ってるけど、たまにテレビでみても別に面白くないしやたら威張ってるし、裸の王様なんじゃないの、と知りもせずに思ってたのだ。こんなすごい落語家だったのか、と本書で初めて知って、無性に落語が聴きたくなっている。
 師匠・小さんと談志の互いへの想いを描いた最終章がもっとも印象に残っている。

 著者の立川談春についてもこの本が出るまで何も知らなかった。1966年生まれ。若手ではもっとも注目されている一人で、古典を新たな解釈で語って高い評価を得ている人だそうだ。この本にも、古典落語への真摯な取り組みと深い理解が伺える。

 私は、家に古典落語の本があって子供の頃から好きでよく読んでた。ずっと落語は読むものだと思ってて、聴き始めたのは最近だ。
 でも正直言って若い落語家の落語なんて聞く気になれない。テレビで軽薄な漫談みたいなのやってる若い落語家を見るといやになって、やっぱり落語は死んだ人に限ると、今は亡き名人やもうすぐ亡くなりそうな桂米朝師匠(私が云っても洒落にならないかな、心から尊敬してるんですが)とかをテープやCDで聴くことが多い。
 『赤めだか』の中でも、誰のどのねたが良い、とあちこちで教えてくれているので、これを参考に聞いてみたい。書き出してみる。


「たらちね」 談志いわく、「たらちねは圓生師匠で覚えるんだ」(たぶん六代目 三遊亭圓生のことだろう)

「堀の内」 円遊師匠と円蔵師匠(四代目三遊亭圓遊と八代目橘家円蔵かなあ)

「へっつい幽霊」 「三代目桂三木助師匠が練り上げた噺で談志をして、「手の加えようがない、絶品だ」と云わせるほどの名人芸」だそうだ。

「よかちょろ」 「八代目桂文楽、俗に黒門町の師匠と呼ばれる大名人の十八番のひとつで、談志もことのほか思い入れの強い名作だ。」

「らくだ」 可楽師匠の型のらくだやりたい(と弟弟子の志らく。八代目三笑亭可楽だろう)

「明烏は(志ん朝よりも)馬生師匠の方が良いんですよ。もっと勉強してください。」(これは弟弟子の志らくの言葉。十代目金原亭馬生)

「包丁」 「六代目圓生師匠の十八番である。若き日の談志が自分の独演会で根多出ししたが、酔って小唄を唄いながら女を口説くシーンがどうしてもできず、圓生師匠に頼みこんで、自分の独演会なのに代演してもらったという伝説を持つ噺。」

「除夜の雪」 桂米朝 この噺は、「ストーリーに則って人物描写があって情景描写があって余韻を残しながら、終わる。その余韻の中にほんの一言だけ、感じる人にだけ、そっとメッセージが添えてある、というのが好きなのだ。」という談春の好みにあった佳品だそうだ。

 立川談志はやはり「芝浜」をまず聴いてみたい。談春が最初に聞いた談志の落語で、人生最大のショックだったそうだ。
 

 著者・立川談春の落語は最近テレビで一度だけ聴いた。「鮫講釈」で、講釈の部分が見事だった。一回だけつっかえたけど。
 若いからって聴かず嫌いをやめて聴いてみよう。CDも出てる。




 
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2008年03月20日

『上海交遊記』 谷崎潤一郎 著



『上海交遊記』 谷崎潤一郎 著 千葉 俊二 編 (みすず書房)
 
 谷崎潤一郎は、大正七年と十五年の2回、中国旅行をしている。その体験に基づく文章のうち主なものを一冊にまとめた本。とても興味深い。
 中国人にいばりちらす日本人に憤慨したり、夜の秦淮をさまよったり、上海の文学者や映画人と交際したり、日本人女ダンサーの猛アタックに閉口したり、支那料理に中国人の偉大性を見たり。

 1回目の上海訪問では、「上海へ一戸を構へてもいいくらゐ」傾倒しているが、その時の文章がないのは残念だ。父親が入院して原稿書くどころではなくなったせいかな。
 やはり一番の読みどころは、2回目の上海訪問での文化人たちとの交流を描いた表題作「上海交遊記」だ。当時の中国の文学者は日本への留学経験者が多いので、かなり親密な交際ができたようだ。内山完造の紹介で、田漢、郭沫若、欧陽予倩(おうようよせん)らと親しく交わっている。盛大な歓迎会が開かれ、これはかなり谷崎を喜ばせたようで、大いに飲み、喰い、談じ、踊り、胴上げされ、酔っぱらい、下呂をはいて郭沫若に介抱されたりもしている。
 また、欧陽予倩の家に招かれて大晦日の夜を家族とともに過ごし、伝統的な興趣あふれる年越し風景に日本に失われたものを見て、懐旧の念にとらわれている。それを描いた「田漢君に送る手紙」は、情感のこもった美しいものだ。

 今、アンドレ・マルローの小説『人間の条件』を読んでいるところなのだけれど、これは1927年の上海が舞台で、労働者の蜂起や蒋介石による反共クーデターなどが描かれている。谷崎が2度目に上海にわたったのは1926年だから、1年前だ。基本的には谷崎の旅はのんきなもので、景色や文物や美人や料理への嘆賞が大きな比重を占めているのだけれど、変容する中国の様子も、郭沫若や田漢の言葉をとおして描かれている。「われわれの国の古い文化は、目下西洋の文化のために次第に駆逐されつつある。産業組織は改革され、外国の資本が流入してきて、うまい汁はみんな彼らに吸はれてしまふ。」「此のわれわれの絶望的な、自滅するのをじーいツと待つてゐるような心持は、決して単なる政治問題や経済問題ではありません。日本の人にはさう云ふ経験がないのだから、とてもお分かりにならないでせうが、此れがわれわれ青年の心をどれほど暗くしてゐることか。対外的の事件が起ると、学生たち迄が大騒ぎするのはそのためなんです。」

 西原大輔著『谷崎潤一郎とオリエンタリズム』(amazon)は、私は未読だが、谷崎の二度の中国旅行を詳しく描いたものだそうだ。西原氏の説では、谷崎が二度目の旅行の後、「支那趣味」の小説を書かなくなったのは、中国の若い知識人との対話により中国の現状を知ったためだという。もはや異国趣味で中国を見ることができなくなったのだ。
 「上海交遊記」を読むとなるほどと納得できる説だ。現代中国への理解が進み、同時代人としての中国文学者に共感を深めるようすが伝わってくる。正直言うと、後世の読者としては残念に思わないでもない。現実は現実として、谷崎一流の幻想あふれるもうひとつの中国を、もっと読んでみたかった。いわゆるオリエンタリズムは、現実の政治と結びつくと確かに問題だが、芸術の中でも許されないものなのだろうか。外国人が日本を描いたものを読んで、あらたな日本の一面に気づくことも多いが。

 なお、郭沫若はこのすぐ後に広州にわたり、北伐に参加するが、蒋介石と対立し日本に亡命することになる。谷崎が訪問した当時にも、政府からにらまれて逮捕令がでているとの噂があったそうだ。

 谷崎がもっとも親しく交わったのは田漢だそうだ。劇作家で、映画の脚本や主題歌の作詞でも有名な人だ。先日も書いたが、映画『ラスト、コーション』で主人公が歌う「天涯歌女」や、後に中国国歌となる「義勇軍進行曲」も彼の作詞で、映画の挿入歌だった。
 本書収録の「きのふけふ」(1942年 文芸春秋)によると、谷崎との交流はこのあとも続いている。田漢は南京で映画に関わっているとき、撮影技師や監督を日本から雇い入れたいと、谷崎に周旋を依頼したりもしている。結局受け入れ態勢がはっきりしないということで谷崎は断ってしまったのだが。時期がはっきりしないが、確か田漢も国民党政府からにらまれていて、逮捕されたりしてたんじゃなかったっけ。
オンライン現代中国作家辞典
中国情報局
 田漢は最後は文化大革命で批判され獄死したのだそうだ。
 なお郭沫若は文革の際、自己批判して生き延びている。
日本郭沫若研究会
その中の「郭沫若の自己批判」

 この「きのふけふ」では、谷崎は彼らとの交友を懐かしみ、親密な交流が復活することを願っている。すでに抗日活動をしてることが分かってる人たちなのだが、1942年にこんな文章が可能だったんだなあ。

 ちなみにアンドレ・マルローが上海を訪れたのは1928年らしい。

 些細なことだが、ちょっと不思議に思ったことがある。谷崎は当時の慣習どおり、中国を「支那」とよんでいるのだが、短編小説「西湖の月」のみは「中国」と表記されている。なぜだろう。執筆時期も底本(中央公論新社版「谷崎潤一郎全集」)もほかと変わらないのに。戦後に書き直したのか、初出誌の「改造」の方針だったのか。……と思っていたが、検索してみると初出時の題は「青磁色の女」だったらしい。多分、改題のときに表記も改めたのだろう。


『中国遊里空間 明清秦淮妓女の世界』 大木 康 著
 秦淮(南京の有名な色街)について書いた本。多くの文学に描かれ、谷崎を始め日本の文人をも魅了した妓楼の世界を再現する。
 なお谷崎は、妓女は買わずに素人を買っている(「秦淮の夜」が事実なら)。芥川の「南京の基督」はこの「秦淮の夜」をもとにかかれたそうだ。
 ついでながら、谷崎が中国に傾倒した理由のひとつは、「西洋の婦人に劣らないほどすっきりした脛と足をして居る」中国美人の存在があったのではないか。女性の脚に人一倍執着を持つ谷崎のことだから。


『どくろ杯』 金子 光晴 (著) 中公文庫(amazon)
 日本人の上海体験を書いた本でもっともすばらしいものの一つがやはりこれだろう。飛び飛びだが1925年から1929年まで、内山かんぞうに「あなたほど上海をすみずみまで見て歩いたのはいない」といわれるほど上海に浸っている。底辺に近いところから街を見ているのが特徴。生活費をかせぐため密かに艶本を書いて売ったりもしている。
 谷崎潤一郎についても言及があったはずだと思って見返してみたら、やはりあった。金子のために上海の文学者あての紹介状を書いてくれている。また、半年は売らない、との約束で色紙を書いてもらったのに、金子はすぐに売ってしまい、顔向けできなくなったりしている(いずれも日本での体験)。谷崎の紹介状のおかげもあったのか、金子は上海の文学者とも交流している。魯迅、郁達夫、田漢らの横顔が興味深い。
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2008年03月02日

『ハリウッド・ロリータ』

『ハリウッド・ロリータ』 マリアンヌ シンクレア (著), 大窪 一志 (翻訳)  JICC出版局 (1990/08)


 映画監督ロマン・ポランスキーの半生を映画化する企画があるそうだ。ポランスキーといえば20世紀の悲劇を一身に体現しているような波瀾の生涯をおくっていて、子供の頃はナチスに母親を殺され、自分も逃亡生活をし(身長が低いのはそのせいとも言われる)、妻シャロン・テートをチャールズ・マンソン信者によって惨殺され、ジャック・ニコルソン邸で起こした少女強姦事件によりアメリカ追放となり……まあ最後のは自分のせいもあるけど。興味本位の映画にならないといいがなあ。
 これにちなんで、『ハリウッド・ロリータ』について書こう。

少女をめぐるハリウッド裏面史。アメリカ映画黎明期から80年代まで、ハリウッドにおけるロリータとハンバート・ハンバート(おじさん)のスキャンダラスな関係を描く。女の子に次々手を出しては妊娠させていたチャップリンや、少女と関係を持ってアメリカを追われたポランスキーなど、さまざまな事例を通してアメリカの少女趣味を暴く。
 問題の性質上、真偽が不明の場合もあるし、強引な心理分析で無理にまとめてるように感じられるところもある。でも強烈な事例が次々に出てくるので実に興味深く読めた。
(この文はamazonのカスタマー・レビューと同じだけど、あれは私が自分で書いたレビューなので問題ないはずだ。)

 当然ポランスキーと、その幼い恋人だったナスターシャ・キンスキーについても載っている。ナスターシャは少女強姦事件で追及されたポランスキーを弁護し、「彼はとてもやさしかった。」「いろんなことを教えてくれた」などと……これって弁護になってるのかな、合意があろうとなかろうと少女と関係すれば法律上は犯罪の筈だが、かえって危なくないかね。
 ほかにもリリアン・ギッシュ、シャーリー・テンプル、ブルック・シールズなど。この本で一番印象的だったのはスー・リオン。キューブリック監督の『ロリータ』でロリータを演じた子役だった。若くして結婚と離婚を繰り返し、ついには殺人犯と結婚して刑務所近くのモーテル住む。役を上回る破滅的人生。本人は、ロリータを演じたことが破綻の始まりだったと言っているらしい。ロリータ役にしては年を食いすぎていると思っていたけれど、自分の人生と演じる役とをうまく切り離すには幼すぎたのだろうか。
撮影時14歳。
 ついでに『映画監督 スタンリー・キューブリック』ヴィンセント・ロブロット (著)から、この映画についての逸話をいくつか書いておく。スー・リオンの母親は、ロリータ役を引き受けるべきかどうか、牧師に相談したそうだ。牧師は、(教区民の)ジーン・ハーローだって役の影響は受けなかった、として出演を勧めた。
 ナボコフもスー・リオンは大人っぽすぎると感じており、12歳の少女を使って再映画化するという希望をジェイムズ・メイスンに語ったそうだ。
 キューブリックは検閲の厳しさに悩まされた。エロティックなシーンを描けなかったため、ハンバートが最初からロリータを愛していたような印象を観客に与えてしまったことを残念がっている。小説では、最後にロリータがもはやニンフェットではなくなり、妊娠した人妻になったとき、初めてハンバートは彼女への愛に気づく。このストーリーでもっとも心を打つところだ、とのことだ。
 のちにエイドリアン・ライン監督によって再映画化されたが、当然ながらキューブリックと比較されて評判悪かった。ディヴィッド・リンチも、「キューブリックの完璧な映画があるのによくやれたもんだ」と珍しく悪口を言っているそうだ。私はきらいじゃない。ドミニク・スウェインはスー・リオンよりイメージに近かった。エロティックなシーンはあるが、代役だ。


 これはナスターシャ・キンスキー主演の映画。性への好奇心あふれる女の子たちを描くドイツの学園コメディ。どこの国もくだらない映画を作ってるんだなあ。普通なら日本に入ってこないようなしょうもない映画だけど、しっかり発売されてるのはひとえにナスターシャ・キンスキーの裸が目当てだろう。嫌らしい。ナスターシャ・キンスキーは撮影時15歳かな。非常に美しいけど、身体は十分大人なので、禁断の香りは特にしない。でもジャケットの写真は年取りすぎだろう。安全策かな。
 ポランスキー監督の『テス』は言わずとしれた名作。


 ナボコフの『ロリータ』は 若島 正による新訳が出ている。私は大久保康雄訳で読んで面白かったけど、あまりいい翻訳ではなかったのだろうか。大江健三郎氏も確か「翻訳を一新しない限り日本での評価はあがらないだろう」というようなことを書いていた。実はかなり仕掛けに満ちた技巧的小説らしいが、読んだときそのことはわからなかった。翻訳のせいではなく私の読解力の問題だろうけど。饒舌な文体に目くるめくような思いをしながら一気に読んだ。

  『テヘランでロリータを読む』 アーザル ナフィーシー (著),市川 恵里 (翻訳)  白水社
 これはとてもいい本だった。「小説は寓意ではありません。それはもう一つの世界の官能的な体験なのです。……彼らの運命に巻き込まれなければ、感情移入はできません。感情移入こそが小説の本質なのです。小説を読むということは、その体験を深く吸い込むことです。さあ息を吸って」 やはり小説はこのように読みたい。日本のこざかしい評論家よ去れ。もっともロリータの読み方は私とだいぶ違っていた。
白水社の特集ページ http://www.hakusuisha.co.jp/topics/tehrantop.php

 ところで……ロリータって言葉を連発してるけど、フィルタリングソフトにいかがわしいサイトと判断されてブロックされてしまうなんてことはないのかな。若島正さんの新作評論なんて三回も連呼してるが、書名を書くのがためらわれる。フィルタリングソフてどういう仕組みなのか知らないけれど、決してけしからんサイトではないことをわかってもらうため、まじめな言葉を最後に書き連ねておこう。誠実、正義、道徳、秩序、公徳心。意味ないか。
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2006年10月11日

文学賞メッタ斬り!リターンズ



大森 望,豊崎 由美 (著)

  前作『文学賞メッタ斬り!』は、これからの書評はみんな対談形式でやってくれ、と思うくらい面白かった。あの選考委員ならどう読むだろうって視点が加わって小説の楽しみ方が広がった。まあそんな視点では読みたくないけど。
 この続編でもメッタ斬りコンビの毒舌の勢いは衰えない。マンネリにおちいらないよういろいろ工夫している。特に島田雅彦氏を交えての冒頭の鼎談が面白い。文壇裏話など。島田氏の芥川賞受賞を陰謀を張り巡らせて阻止したヤ行の高齢作家って安岡章太郎だよね? 吉行淳之介は結構評価してたとおもうし高齢とは言わない。古井由吉の証言によれば、その人は事実のようなデマを流していやな雰囲気を作るんだそうだ。

 ただ、個別の作品評価に入ると、ほとんどの作品を読んでないので、ちょっと興味もてないところもある。私は正直言って日本の現代小説ってあまり読んでなくて、本書に取り上げられている中で既に読んだものは4,5編、読んでみたいと思ったのが5,6編、実際に読むだろうものはせいぜい2,3編かなあ。と思うと徒労感を感じなくもない。楽しんだけれどね。

 さらに続編を出すんだったら、対象を世界の文学賞に拡げたらどうだろう。翻訳が少ないから難しいか。日本のものなら過去にさかのぼって取り上げて、忘れられた名作を掘り起こしてほしい。前作でも少しやってたっけか。いずれにしても、もっと読む気をそそられるような本を増やしてほしい。メッタ斬りシリーズじゃなくなっちゃうかもしれないけど、この形式で続けるのはちょっとつらいと思う。お二人もつらいだろう。
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2005年11月01日

『阿片王 満州の夜と霧』 佐野 眞一 著


感銘点:73点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 かつて、満州、上海を拠点に阿片の売買を牛耳り、莫大な金で日本の戦争を支えた里見甫の生涯を描いた歴史ノンフィクション。
 分厚い歴史の本とはいえ、冒頭から伊達順之助の息子を騙る男をはじめ得体の知れぬ男が続々と登場し、ミステリのように面白く読める。
 佐野氏は、里見の遺児奨学金の募集名簿を手がかりに、阿片をめぐる闇の人脈を追っていく。
 阿片が生み出す富には、軍人、右翼、政治家群がった。岸信介、笹川良一、児玉誉士夫ら、戦後にもつながる人脈が形成されたらしい。
 日本や汪兆銘政権ばかりか蒋介石の国民党にも多額の金が流れていたという。里見が東京裁判で起訴を免れたのも、蒋介石と阿片のかかわりが明るみに出るのを防ぐためといわれているらしい。731部隊の石井四郎と同じくアメリカがノウハウを欲したためという説もあるが。

 そうした日中戦争の秘史がわかりやすく紹介されていてとても面白いが、必ずしも里見の実像に迫れたとはいえないように思う。丹念な取材にも60年という時間の壁は厚かった。
 一見不必要な記述(たとえば梅村淳のご近所での評判)も多いのだけど、関係者が高齢化し、インタビューにいくと「3日前に死にました」という場面がたびたびあることを思うと、どんなことでも書き残しておくべきなのかもしれない。
 なお、本書はすべて日本語の資料に依拠しているが、中国やアメリカで調査すれば新たな事実が現われる可能性はあるのではなかろうか。

 佐野眞一の著作は初めて読んだ。もっと事実を持って語らしむるタイプの人かと想像していたが、意外に俗っぽいというか、余計な慨嘆が多い人だった。人間界の常識の及ばぬ化外の男、とか、三流小説的な人物描写が多い(三流小説的、というのも佐野氏が好きな表現)。そのおかげで読みやすくなってるともいえるが。
 特に、里見の片腕だった“男装の麗人”梅村淳やその養母うたなどは、稀代の淫婦のようなかかれようである。なんでこんなにおどろおどろしく盛り上げる必要があるのかわからない。「俺がこんなに苦労して調べてるんだからすごい女だったはずだ、そうであってくれ」という気持ちが筆を滑らせたのか。まあ溥儀が出てきたときははっとしたが。
 もちろん徹底的な取材振りには敬服するしとても勉強になったけれど、ものの見方という点では学ぶところは少なかった。

 
 最近読んだ本『中華電影史話』(辻久一著)との関連で、映画監督・マキノ雅広の証言が興味深かった。マキノは1942年に『阿片戦争』の製作発表をすると、里見に呼び出され、資金提供を申し出を受ける。
「阿片はアングロサクソンの代わりにわしがやってる」「林則徐(阿片戦争時の英雄)を主人公に映画を作れ」「これはわしの罪滅ぼしじゃ」などといわれたそうだ。また、マキノによると上海で日本映画が公開されるようになったのは里見の金のおかげだという。
 『中華電影史話』によると、当時の上海で日本映画を配給していたのは川喜多長政の中華電影のはずだ。里見の息がかかってたのか。著者の辻氏は、川喜多が物資不足の時節に生フィルム等を調達できた理由を川喜多の人脈や政治力に帰していたと思うけれど、その人脈には阿片王が連なっていたのだろうか。
 『阿片戦争』と同じ1943年に上海で製作された『萬世流芳』は、やはり林則徐を主人公に阿片戦争を描き、李香蘭が阿片の害を切々と歌ったけれど、この映画にも阿片売買の上がりが使われていたのかもしれない。

 また、飛び飛びに読んだ松本重治の『上海時代』にも里見が出ていたことにはじめて気づいた。満州の列車で川島芳子と親しげに話していた「おじちゃん」が里見だったのか。川島芳子に気を取られていて気がつかなかった。
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2005年10月27日

『上海にて』堀田善衛 著

『上海にて』堀田善衛 著(Amazonnへ)
感銘点:86点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 大江健三郎が「中国について日本人が、戦後に書いた、最も美しい本のひとつ」という名著。堀田善衛の出発点ともいえる上海での青春時代が描かれている。
 堀田善衛氏は1945年3月に国際文化振興会から上海に派遣され、日本敗戦後も国民党の宣伝部に留用されて1946年12月まで滞在した。その11年後の1957年にも招待されて中国を旅した。その経験を元に日本と中国という「宿命的関係」を考察する。
 戦前、戦中の上海を描いたものは多いけれど、戦後上海の混沌を生々しく伝えてくれるという意味でも貴重なエッセイだ。

 アメリカで作りすぎた戦時物資がダンピングされて救済物資としてなだれ込み、「救済されすぎて昇天してしまった」民族産業。すさまじいインフレーションが人々を襲い、暴動が頻発し地下組織の血なまぐさい暗闘が繰り広げる中、共産党が農村から侵入して上海を解放する。
 "魔都"や"モダン都市”といったありきたりのイメージに寄りかからず、独特の視線で上海を描く。血なまぐさい日中の交渉史を重く背負い、内在的に日中関係を捉えなおそうとする。
 文革も改革開放もない40年以上前のエッセイとはいえ、根元から中国をとらえようとする堀田氏の姿勢はまったく古びない(当たり前だ)。
 結論を急がず、一見とりとめの無い記述は時にもどかしさも感じるけれど、最近の日中関係でも、性急に勇ましい結論に飛びつきたがる人の多いらしいことを思えば、むしろ今こそ読まれるべき本だろう。

 もちろん思索ばかりしている本ではなく、堀田善衛自身の、日本兵の乱行を制止しようとして殴り倒されたり、高熱に苦しむ同僚に薬を届けるため、特務機関が支配する危険な街にさまよい出たり、日本に協力した漢奸の処刑を、日本人の一人として立ち会わなければと嘔気をこらえて見に行ったり、漢奸幇助罪に問われるのを覚悟の上で漢奸作家(柳雨生)の家族を室伏クララ嬢とともに見舞ったりした若き日の行動にも心打たれるものがある。
 ただ、これについては前にも書いた、ということであまり詳しく書かれていない場合も多いのが残念だった。前に書かれたものは何を見れば読めるのだろう。全集を読めばよいのか。読んでみてもいいな。(最後の室伏クララについては「乱世の文学者」にも書かれているはず。武田泰淳の「聖女侠女」のモデルにもなった女性だと『李香蘭と東アジア』所収の「"淪陥区"上海の恋する女たち―張愛玲と室伏クララ、そして李香蘭」に書かれていた)
 上海が舞台の短編小説はいくつか読んだ。歯車、漢奸、歴史など。特に歯車はおもしろかった。

 ちなみに同時期に上海で友人だった武田泰淳によると、上海時代の堀田は、「女にほれやすい、だらしない男」、「つまらぬ相手を買いかぶる」、「詩人的才能は有り余るほどある」、といった印象だったそうだ。(新潮社『日本文学全集 堀田善衞集』の付録より)


 スタジオジブリから堀田善衛氏の映像や音声を集めたCD・DVDが出ている。なぜスタジオジブリなのかというと、宮崎駿さんが堀田氏を深く尊敬しているからと思われる。
 中国で人を殺してきたことを自慢するような大人を間近に見ながら、日本人としての自分を否定せざるを得ないような少年時代を送った宮崎氏にとって、「日本人の誠実の証」と誇りを持って思える堀田氏のような人がいたことは大きな救いになったのだろう。
 司馬遼太郎を交えての鼎談『時代の風音』も面白かった。

 「堀田善衞」が正しい表記だけど、表示されるのかな。
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2005年09月23日

『「李香蘭」を生きて』 山口淑子 著

『李香蘭を生きて』


 80点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 日経新聞の私の履歴書(2004年)をまとめた自伝。『李香蘭 私の半生』のダイジェストのような感じを受ける。分量的には半分もないのではないか。やや物足りない。自伝を複数書くのなら、細部を具体的に埋めていただきたかった。もっとも著者本人は自伝の決定版だという。年譜等の資料がついてるのでその点はうれしい。

 いくつか新しい記述もある。
 まずはやはりリューバとの再開。幼なじみにして恩人であるロシア人リューバに、エカチェリンブルクで50年ぶりの再開を果たす。エカチェリンブルクと言えば、ソ連時代は軍需産業が盛んで外国人の立ち入りは厳しく制限されていたはずの都市。山口氏は、戦後リューバの消息が気になったが、彼女の迷惑になることをおそれてソ連の捜索をしなかったそうだけど、賢明な判断だったかもしれない。それに関わらずリューバの戦後は過酷であったが。
 リューバの兄が731部隊の犠牲になったことをほのめかすような謎のせりふが衝撃的だ。なおリューバの父は、奉天時代には白系ロシア人のお菓子屋だったはずが、上海で再会したときは共産党員だったといういわくありげな人。スパイのようなこともやっていたのだろうか。山口氏は「白系だろうと赤系だろうとリューバはリューバ」という。
 この再会の様子はNHKで「世界・わが心の旅」として放映された。感激をあらわにする山口氏にたいし、リューバがそれほどでもなく見えたのが気になったのを憶えているけれど……。でも表面的な映像から心中を忖度するのはやめとこう。山口氏は女優だけどリューバはそうでないのだ。

 ほかには、終戦後、上海の日僑収容所で川喜多長政に「一緒に延安か重慶に逃げよう」と誘われた話が新たに載っている。「酒が言わせた言葉だったのだろう」と山口さんは書く。
 この出来事は、夫人のかしこさん、娘の和子さんがなくなった後だから書けたんだろう。これだけの美少女だけに、この手の話はたくさんあるんじゃないかと推測される。
 「私の半生」のほうにさりげなく書かれてたけど、ミズーリ号で中華民国代表として署名した某将軍(つまり徐永昌?)にも交際を申し込まれたそうだ。嫉妬した夫人が宋美齢に讒訴し、将軍は召還されたとか。そのせいかあらぬか国民党のスパイという疑いもかけられたりもした。ほかにも共産党やCIAのスパイ説もあって、それだけ各界の要人に接触する機会が多かったってことだろう。

 念のため言っておきますが、川喜多長政は立派な人です。川喜多と中華電影についてはについては『中華電影史話』に詳しい。孤島期、淪陥期の上海映画界の貴重な記録。写真も多数。

中華電影史話―一兵卒の日中映画回想記 1939〜1945
辻 久一 (著), 清水 晶(校注)


 また、『李香蘭を生きて』の巻末には川島芳子が漢奸として死刑になったときに裁判記録も載っている。これは最近公開されたってことなのかな。上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』には当時の南京中央日報から引用されているだけだったが。
 李香蘭は芳子から「僕の伝記を映画にする予定があるからヨコちゃんが主役をやってくれ」と言われたことがあるそうで、それは実現しなかったのだけど、この裁判記録によると山家亨の指示で李香蘭が主演した『満州建国の黎明』なる映画があることになっていて、証拠のひとつとされている。
 この映画はおそらく『満蒙建国の黎明』(1932年)のことで、監督はなんと溝口健二。芳子(がモデルの清朝皇女)を演じたのは李香蘭ではなく入江たかこ(後の化け猫女優ですな)。満州建国前の芳子の活躍を描いてるらしい。張学良の刺客チャーリー・チャンと戦ったりするそうだ。満州事変の翌年に危険を冒して大陸ロケを敢行している。見たいがフィルムは失われてるそうだ。裁判資料の保管庫からでも出てこないものだろうか。

 なお漢奸裁判は、罪状調査等は表向き司法機関の専管事項になってはいたけれど、実際は国民政府によって判決が決められていたそうで、審理の結果判決が覆るようなことはまずなかったらしい(『漢奸裁判』劉傑・著など)。
 ちなみに、李香蘭の二人の中国人養父も漢奸として裁かれた。「李香蘭」の父・李際春は死刑、「潘淑華」の父・潘毓桂は禁固15年となったそうだ。
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2005年09月20日

『李香蘭と東アジア』四方田 犬彦 (編)

『李香蘭と東アジア』



点数:83点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 李香蘭を巡るいくつかの論文とシンポジウムの記録などを収録してる。どれもおもしろいけれど、なんと言っても「納涼会見記」なる座談会が目玉だろう。
 終戦間近の上海で、李香蘭が新進女性作家の張愛玲らと座談したもの。張愛玲の李香蘭評が読めるだけでもうれしいが、直接の対話が読めるとはすばらしい。映画宣伝誌ではなく総合誌に掲載されたものなので、たぶん実際の発言が載っているものと思われる。李香蘭ファンばかりでなく、張迷(張愛玲狂いのこと。日本にいるのか?)にとっても必読だろう。
 李香蘭は女優としての転機と感じていたらしく、はにかみながらもかなり大胆なことを言っている。しかし張愛玲の鋭い発言に比べると、ずいぶん幼く感じられてしまう。相手が上海を代表する作家ではやむを得ないが。張愛玲が自分より年下だとわかって驚く李香蘭に、張は「あなたのような方は三十歳になってもきっとまだ少女のように活発かもしれませんね。」と揶揄っている感じ。
 藤井省三氏による解説(「"淪陥区"上海の恋する女たち―張愛玲と室伏クララ、そして李香蘭」)を読むと、さりげない発言の裏に上海の複雑な事情が反映されているようだ。この座談会を掲載した「雑誌」なる雑誌は親日派とされているが、実は共産党の地下工作員が編集の実権を握っていたそうだ。張愛玲は作家の胡蘭成の愛人だったのだけど、彼は汪兆銘政権の高官でもあった。すなわち、記者の質問は一見すると張の恋愛ゴシップを追求するものと見えて、実は漢奸問題や戦後の文化政策を視野に入れた質問かもしれない、ということらしい。何とも複雑怪奇。

 張愛玲による『萬世流芳』評も載っている。この映画はぜひ見たいと思ってるんだけど、つい最近東京国立近代美術館フィルムセンターで上映されたばかりだった。不覚だった。再上映、DVD化を期待する。


MSN銀幕閑話第65回 李香蘭に拍手(紀平 重成)

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2005年09月17日

『李香蘭 私の半生』山口 淑子ほか (著)

李香蘭 私の半生
山口 淑子 (著), 藤原 作弥 (著)


感銘点96点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 李香蘭こと山口淑子さんの半生については、テレビなどでも再三見ているし、知ってるつもりになっていたけれど、あらためて自伝を読んでみてよかった。すばらしい。今まで読んだ伝記で五本の指に入るおもしろさ。
 中国生まれの日本人でありながら、中国娘として人気女優となり、両国の狭間で特異な役割を果たしていく波瀾の半生。これが一人の人間の身に起こったこととはとても信じられないくらいだ。

 彼女自身のストーリーもすごいが、彼女と関わる面々がまたすごい。国策映画社・満映の看板女優として、政界の要人や文化人と関わっていくのだが、例えば満州で岸信介ら政財界の大物が「李香蘭を守る会」なるファンクラブを作り、吉岡安直中将がその会長を務めたそうだ。
 吉岡といえば、皇室御用係として溥儀の自伝ではかなりの悪役だったが、山口とっては父親のような存在で、家族のように付き合ったという。好々爺然とした老人で、溥儀のことも親身になって心配していたそうだ。もっとも、家族や若い女優に見せる顔と、関東軍幹部としての顔が同じはずもなく、これをっもって溥儀の記述が不公正だとすることはできないだろう。
 ついでながら溥儀の自伝もまた非常におもしろい。取っつきにくいけど。

 また、甘粕正彦大尉といえば大杉栄らを虐殺した事件などが有名だけれど、満映理事長としての甘粕はなかなか公平で穏やかな人だったようだ。
 日本人と中国人の給与格差をなくし、中国人の脚本家や監督を起用して製作体制を整えていった。日本で活動できなくなった左翼系の人間も多く受け入れている。抗日運動にかかわったとして憲兵に逮捕された社員を貰い受けにいったりもしたという。中国人従業員の間でも意外に評判がよかったらしい。無論、日本の国策としてやってたわけだし、公式には大罪人だろうけど。
 李香蘭が満映をやめる意思を伝えたときは、物分りよく穏やかに許している。ちなみに、その時机の上に『アラビアのロレンス』が置いてあったそうだ。自分をロレンスになぞらえてたのかな。確か土肥原賢二なんかも日本のロレンスとか言われてたと思うけど、はやってたのか。また、言いなりにならない川喜多長政(中華電影)を暗殺しようとしたという噂もあるそうだ。
 なお、ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』では、甘粕を坂本龍一が悪役然と演じているけれど、この映画にチョイ役で出演していた映画監督の陳凱歌によれば、ベルトルッチは李香蘭をどう描くか困りはて、結局脚本からすべて削ってしまったそうだ。また陳凱歌は20世紀のアジアでもっとも重要な女性として李香蘭をあげ、できれば彼女の物語を映画化したいと言っている(四方田犬彦著『日本の女優』より)。
 ちなみに『ラストエンペラー』で陳凱歌が演じたのは、確か紫禁城の門衛で、外に出ようとする溥儀を止める役だった。ベルトルッチは「陳こそ本当のラストエンペラーだ」みたいなことをどっかで言ってたな。

 山口は女学生時代に天津で男装の麗人こと川島芳子とも知り合い、“ヨコチャン”、“オニイチャン”と呼び合う仲になっている(というか、川島がそう呼ばせた)。川島は周りに美少女を侍らせ、夜ごと街に繰り出しては狂宴を繰り広げた。山口はたいてい途中で落伍したそうだが。この辺の話は上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』にも載ってないし、貴重な証言じゃないだろうか。(私はなんとなく川島芳子ってレズビアンかと思ってたけど、今のところそういう話は聞いたことがない。溥儀が男色だった話はよく知られてるけど。)
 後には川島芳子と山家亨少佐(山家機関の長として文化芸能界を牛耳っていた。李香蘭を満映に連れ込んだ張本人。川島の初恋の人らしい)のどろどろの愛憎劇に巻き込まれ、川島に嫉妬されて誹謗中傷を受けたりもしている。また、やはり川島の愛人だった多田駿中将から山家亨に川島芳子暗殺指令がくだったというすさまじい話も載っている(笹川良一の記憶では山家ではなく由利少尉)。

 山口の初恋(?)の相手は松岡洋右外相の息子で、あいまいな関係を長く続けていたようだ。もちろん有名人ばかりと付き合ってたわけではなく、特に心に残るのは李香蘭の護衛役だった児玉英水氏。男の中の男って感じで李香蘭と“友情”を築くが、後にフィリピンのマニラ攻防戦に参加し、李香蘭の写真入りロケットを身につけたまま燃え盛る市街に突入し、戦死したと言う。

 戦後の話もなかなか面白い。アメリカや香港の映画にもいくつか出演し、チャップリンやユル・ブリンナーらと交流している。香港についての話がまったくないのが不満だが。

 ついでながら、私は中学生くらいのころ、あの李香蘭が自民党の国会議員だったということを知って幻滅した覚えがあるんだけど、李香蘭のよき助言者であった岩崎昶氏がまったく同じようなことを言っていてなんだかおかしかった。「社会党ならまだしも自民党とは……」 左翼系の岩崎氏には気に入らなかったのだろうが、山口は自分のやりたいことができればどこでもよかったそうだ。今でも、パレスチナや従軍慰安婦問題などに積極的に関わっている。
 まあとにかく、すごい人生、すごい女性だ。


日本の女優 日本の50年日本の200年
四方田 犬彦 (著)



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2005年06月13日

『古代文明の謎はどこまで解けたか』ピーター・ジェイムズ他著



感銘点:83点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以降

 前々回の記事で「アトランの女王」について書いたけど、この小説はアトランティス大陸に関するいわゆるトンデモ学説に基づいた物語だ。そうした珍説・奇説をふんだんに紹介してくれるのがこの『古代文明の謎はどこまで解けたか』。
 異説をあたまごなしに否定するのではなく、最新の知識を元に、その説のどこがおかしいのか、または事実の可能性があるのかを検証する。
 アトランティスのほか、ソドムとゴモラを滅ぼした天の火とはなにか、ストーンヘンジは誰が何のために建てたのか、マヤ衰退の謎、聖書に現われた古代の天変地異、などといった魅力的な謎について、さまざまな説が網羅されている。
 古代のロマンを楽しみたいけど、いいかげんな説にだまされるのはいやだ、という読者にうってつけの本だ。ファンタジーファンにも必読。私にとってはまさにこういう本が読みたかった、という位うれしい本で、わかってくれてありがとう、と感謝したい。
 なおアトランティスについては全三巻のうち第1巻に載っている。「アトランの女王」の参考文献にもあるイグネイシャス・ダンリーの説などについて検証している。
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2005年01月05日

『児童性愛者―ペドファイル』

ヤコブ ビリング著

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 子供の本やアニメについても書いてるブログでこれを取り上げるのはどうかとも思ったが、別にいかがわしい本ではないのでいいだろう。
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2004年12月18日

『リトル・ニモの野望』 大塚康生著

リトル・ニモの野望
大塚康生著


感銘点:75点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以降

 日本のアニメ隆盛期の70年代から80年代、東京ムービー等のプロデューサー藤岡豊氏は、世界に通用するアニメーションを作ろうと日米合作の『リトル・ニモ』を企画した。アニメーターとしてその企画に深く関わった大塚康生氏が、当時の苦闘を描いた回想録。
 アニメーション『リトル・ニモ』は、ウィンザー・マッケイの古典的名作漫画を原作に、そうそうたるスタッフをそろえた野心作だった。集められたスタッフは、脚本にSF作家レイ・ブラッドベリ、イメージ構成にフランスのBD作家メビウス(別名ジャン・ジロー)やブライアン・フラウド(『ダーク・クリスタル』等で有名)、日本からは宮崎駿や高畑勲などが参加し、まさに夢のような企画だった。
 それが次第に破綻を来たしていくさまは痛ましさを覚えるほど。同じ著者の『作画汗まみれ』などで部分的には知っていたけれど、まとめて読むと改めて日米合作の難しさを感じる。長年実製作にかかわってきた著者だけに、経験的な日米比較などが興味深い。
 私は子供の頃、「アニメージュ」誌かなにかでこの企画を知り、山本二三氏のイメージボードなどをみて期待に胸躍らせた憶えがある。いつまで経っても完成しない企画に次第に熱が醒めていったが、現場ではこんな修羅場が展開していたとは。本書を読む限り、藤岡氏に明確な製作方針があったようには思えず、失敗すべくして失敗したように見える。いや、失敗と決めつけては気の毒で、1989年、大幅に入れ替わったスタッフでようやく完成した作品『ニモ』はとても良質なファミリー映画だと思うのだが、当初の構想があまりにすばらしかっただけに残念さを感じてしまう。。
 やはり数々登場する有名人たちには興味を惹かれた。なかでも、ウォルト・ディズニーを支えたナイン・オールドメンの二人フランク・トーマスとオーリー・ジョンストンがこの企画の精神的支柱となっている。大塚、宮崎を初めとする日本側スタッフにレクチャーを施したりしていて、かなりぐっと来る。また1985年から参加したメビウスの仕事ぶりや菜食主義者ぶりも描かれてうれしい。当時からメビウスは宮崎ファンだったそうだ。(メビウスと宮崎駿の関係についてはメビウス・ラビリンスに詳しい)
 若き日のジョン・ラセター(『トイストーリー』)やブラッド・バード(『アイアン・ジャイアント』、『Mr.インクレディブル』)などもアメリカのスタジオを訪れている。バードは相当とんがった若者だったようだ。
 やはりもっとも精彩があるのは著者の盟友である高畑勲や宮崎駿の描写だろう。特に僕は宮崎ファンなので、原作を無視して自分の信じる道をまっしぐらに突き進む宮崎氏の姿が頼もしかった。当時は『風の谷のナウシカ』の胎動期にあたり、ニモの代案にナウシカやもののけ姫の原型的企画を提案したりしている。(藤子不二雄の「ジャングル黒べえ」が宮崎駿の原案だったってことをはじめて知った。もとは小人の話だったそうだ。)
 本書は現場の人間の経験談として貴重だけど、本来は本職のライターが、関係者にインタビューを重ねて厳密な事実調査を経て書かれるべき題材だと思うのだが……。日本のアニメ評論はそこまで達していないのかもしれない。
 表紙は宮崎駿のイメージボード。中にも宮崎を初め近藤喜文、山本二三、友永和秀などのによるイラストなどが収録されていて、本書の魅力の一つだ。


ウィンザー・マッケイ『夢の国のリトル・ニモ』(小野耕世編訳)は絶版のようだ。僕は図書館で見たが、想像力にあふれたすばらしいものだった。
復刊ドットコムの投票ページ


↓ここなどにマッケイの大きな画像が
http://www.koikadit.net/WMacCay/wmaccay.html
http://bugpowder.com/andy/e.mccay.html


マッケイ マッケイ描くところの龍


風の谷のナウシカ
宮崎駿水彩画集
 ナウシカの成立過程を知るにはこの本。リチャード・コーベンが「ナウシカ」の原型だったとは意外。


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posted by 読書家 at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月29日

『電車男』 中野独人著 新潮社

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感銘点:80点(100点が最高) 読んだ年齢:20歳以降

 珍しい成立形式が話題になってるんで、どれどれって感じで読んでみたんだけど、いやあ、こんなに感動するとは思わなかった。酔っぱらいに絡まれてるところを助けたのをきっかけに女性と仲良くなるという、あきれるほど型どおりの恋愛話になんで夢中になれるんだろう。やっぱり物語ってのは内容より形式なのかな。2ちゃんねるの独身男たちと一緒になって、エルメスさんに電話もかけられない電車男に気をもみ、その成果にはらはらした。初めて手をつないだ時の初々しい感動。おめでとうのレスが飛び交うあたりはこちらの心まで浮き立ってくる。
 ただ一気に読めばもっと良かったんだけど、3分の2あたりで寝ちゃって翌日の昼間に続きを読みだしたところ、もとの気持ちに戻るのに苦労した。一度さめるとちょっときついかも。電車男の報告内容も途中からは普通の若者の恋愛話になっていくので、なんで他人ののろけにつきあわなきゃいかんのだって気になってしまう。でも最初のあたりを読み返したら、まただめな電車男君への共感を取り戻せたので問題はなかったけど。
 多くのおたくに勇気と希望を与えたってことだけど、おたくがおたくのまま女の子に接近する話じゃないんだよな。服や髪型に金をかけておたく性を覆い隠し、世間並みの男になっていく話でもある。仕方ないとは思うけど寂しさも感じる。世間並みってのがやっぱり重要みたいだ。

 リアルタイムで読んでたらどうだったんだろう。立ち会いたかったって気もするけど、ちょっと根気がつづきそうにないな。電車男を支えた毒男氏たちには頭が下がる。
 2ちゃんねるはあの独特の言葉遣いが苦手な上に、荒らしとかでいやな気分になることもあるんであまり利用しないんだけど、今回まとめて読んでみたら案外平気だった。それどころかうっとうしいだけと思ってた絵文字とか独特の冗談に思わず吹き出すこともあって、どんどん染まっていくのを感じた。最後はすっかり仲間気分だ。人はこうして変わっていくのか。昔、「新世紀エヴァンゲリオン」にはまった時、大嫌いだったおたく系アニメの絵に次第に魅了されていく自分に気づいて怖いような思いをしたことを思い出した。心の奥に閉じこめていた暗い小部屋がじわじわ開いていくような感じ。あのときは元の身体に戻るまで何年もかかったけど、今度はどうかな。2ちゃんにはまる暇はないので大丈夫とは思うが。でもそれだけの魔力は感じる。電車男の続きが読みたくてまとめサイト(?)をちらっとみてみたけど、エロ小説風になってきたところでつきあいきれなくなってやめた。
 ネタじゃないかって議論もあるみたいだ。面白ければどっちでもいいって言いたいところだけど、これが作り話だったらいやだよ。暴露話も出てきそうだな。既に出てるのかもしれないが、おいかけるのはやめときたい。カテゴリーはノンフィクションに固定。いい話だった。

 ところで2ちゃん用語の解説とかが本にのってないんだけど、みんな普通に読めるんだろうか(注)。無粋な解説などなくても大丈夫なほど2ちゃんて広まってるってことか? ネットでただで読めるものを出版するからには別の読者層も意識してるんだと思うんだけど。まあ私も詳しくないけど何とか読めたので問題ないのかもしれないが。本の成立過程の説明もない。今は話題になってるからいいけど、10年後に何も知らない青年が手に取るなんてことは想定してないのかな。私が心配することじゃないけど。著作権や報酬に関する新潮社の考えも示すべきじゃなかったろうか。

 ということで、2ちゃん用語を生まれて初めて使ってみる。
電車タン、キター(これでいいのか?)
長文スマソ(こうかな。文脈に合わせるのが難しいな。ダメポ)

男達が後ろから撃たれるスレ 衛生兵を呼べ 中の人のまとめサイト。「電車男」以外にも「もぐら」とか「輪ゴム」とか面白そうな話がまとめてある。
電車男@全過去ログ 電車男はネタだという立場らしい



(注)
 用語集はカバーをめくると表紙に載ってました。とおりすがりの方にコメントでご指摘いただいたので、ここにも追記しておきます。
posted by 読書家 at 22:34| Comment(3) | TrackBack(4) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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