2014年06月21日

『ホドロフスキーのDUNE』 フランク・パヴィッチ監督


内容
1975年にホドロフスキーによって企画されるも、撮影を前に頓挫したSF大作、ホドロフスキーの『DUNE』。「映画化不可能」と言われた小説、フランク・ハーバートの「DUNE」を原作に、そうそうたる面子をキャスト・スタッフに配し、莫大な予算と、12時間にも及ぶ上映時間を予定していたというその企画は“映画史上最も有名な実現しなかった映画”と言われ、伝説となっている。
本作は、ホドロフスキー版『DUNE』の顛末と、ホドロフスキー、プロデューサーのミシェル・セドゥー、ギーガー、『ドライヴ』のニコラス・ウィンディング・レフン監督等のインタビュー、膨大なデザイン画や絵コンテなどの資料で綴る、驚愕、爆笑、感涙のドキュメンタリーである。
(公式サイトより)


去年の東京国際映画祭では出遅れてしまって見ることができず、悔しい思いをしたので一般公開してくれてホントにうれしい。

十代のころに初めて『エル・トポ』を見て、そのパンフレットでDUNE映画化の企画を知ったのだった。
それ以来、雑誌やネットで断片的な情報をかき集めてきたけど、ついにまとめてみることができる日が来た。
まさに待望の企画だ。

すでに伝説のようになっている製作過程を、ホドロフスキー自身の口から聞くことができるとは。
感動的な体験だった。
泣く人がいるのもわかる。

しかし、あと数年早ければ、と思わずにいられない。
メビウスやダン・オバノンのインタビューも聞けただろうに。
ギーガーのインタビューは入ってるけど、この映画のためのインタビューではないようだ。
寂しいなあ。

せっかくなので、スターログ日本版に昔載っていたメビウスのインタビューを抜粋してみます。

−どういう経緯で“デューン”に参加したんですか?
M(メビウス):それは、監督のアレクサンドロ・ジョドロフスキーがそれぞれのパートに最高のスタッフを集めたチームを作ろうとしたからさ。
私の場合、ジャン・ジロー名義で描いていた“ブルーベリー”がヨーロッパで一番ポピュラーなコミックスだったし、一方ではメビウスの名義でSFを発表していた。そうした要素がジョドロフスキーが私を選んだ理由だと思うよ。
“エイリアン”の時とは違って、“デューン”では信じられない数のデザイン画、イメージ画、ラフ・スケッチを描いた。ストーリー・ボードに添って顔は丸、手足はチョン、チョンの実に簡単なスケッチを書きなぐりに近い形で描いたんだ。そうしてるうちに明確なイメージ画になっていく。
(月刊スターログ 1981年4月号より)


「ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊」
 未読。ヨーロッパではメビウスよりジャン・ジロー名義の方が有名らしいですね。


上映時間が90分と短すぎるのは残念。12時間とはいわないけど、せめて4時間はほしかった。
絵コントをもっと見たい。ホドロフスキーの話ももっと聞きたい。
DVDではノーカット版のインタビューをお願いしたい。

あと、『DUNE』は挫折したけど後続の映画にその精神は引き継がれた、という結論になっている。
それ自体には反対しないけど、例として「フラッシュ・ゴードン」とか「マスターズ/超空の覇者」とかが映されるのはいかがなものでしょう。映画化実現してたらこんな感じか、と思われちゃうのでは。


映画『ホドロフスキーのDUNE』公式サイト - アップリンク

Dune - Behind The Scenes
このサイトでメビウス、クリス・フォスらによるデザイン画が見れる。
メビウス、オバノン、ホドロフスキー、ギーガーらのインタビュー動画も載ってる。

ユマノイド
ユマノイド・アソシエが日本上陸!
70年代にメビウス、ドリュイエらが創設し、コミックの世界にビジュアル革命を起こした出版社です。

アレハンドロ・ホドロフスキー展『芸術に許可が必要だと?』
渋谷のPARCO GALLERY X にて6月30日まで。
しまったあ。時間あったのに行かなかった。
渋谷パルコと言えば、昔パルコブックセンターの洋書売り場でバンド・デシネをあさってたことを思い出す。
貧乏なのでめったに買わなかったけど。
その節はすみませんでした。今度たくさん買います。


ホドロフスキー原作、メビウス画の漫画『謎の生命体アンカル』 (アンカルのこと)の感想。
http://dokushoburogu.seesaa.net/article/153716016.html

ホドロフスキー原作、フアン・ヒメネス画の漫画『メタ・バロンの一族』の感想。
http://dokushoburogu.seesaa.net/article/305819575.html

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2014年03月23日

『アナと雪の女王』 監督: クリス・バック、 ジェニファー・リー


ディズニー・アニメの最新作。
アンデルセンの原作とはあまり関係なく、ゲルダもカイも出てこない。

アレンデール国の王女エルサは、ものを凍らせる不思議な力を持っていたが、8歳のある夜、誤って妹のアナを傷つけてしまう。それ以来、エルサは魔法の力を隠して部屋に閉じこもって暮らすのだった。しかし父王が死に、女王として戴冠しなければいけない日が来る・・・。

とてもおもしろかった。
日本語吹き替え版で見たのだけど、これがよかった。
特に松たか子の歌声が素晴らしい。

ディズニーのミュージカルシーンは退屈することも多いんだけど、これは大丈夫だった。
アカデミー賞「歌曲賞」受賞の」“Let It Go 〜ありのままで〜”はエルサの心情が迫ってきて、特に感動した。

国の仕組みとか、説明不足じゃないかって気もしたけど、最近の宮崎アニメに比べれば親切すぎるくらいか。

暗くなりがちなお話だけどアナの明るいキャラや、愉快な雪だるまオラフらの活躍で楽しく心温まるお話になっている。
真実の愛の描き方とかも、意外性はあったけど無理にひねってるなる感じはなくて、感情の流れに沿った納得の展開。好ましかった。
でも子供向けのアニメーションくらい、すなおで型通りのお話があってもいいと思うがなあ。


「Let It Go」の25ヵ国語バージョン。みんなうまいけど、松たか子がまったく遜色ないのがすごい。生で歌合戦したらどうなるかはわからないけど。


アンデルセンの「雪の女王」にはいろんな人が絵をかいてる。
http://www.surlalunefairytales.com/illustrations/snowqueen/index.html

dulacsnowqueen7.jpg
エドマンド・デュラック

snowqueen_rackham5.jpg
アーサー・ラッカム

wintersnowqueen2.jpg
ミロ・ウィンター


「雪の女王 アンデルセン童話集1」
これはエドマンド・デュラックの挿絵。



雪の女王といえば、若き日の宮崎駿を魅了したソ連版が有名ですね。
山賊の娘は宮崎ヒロインの原型か。
そういえば『山賊の娘ローニャ』が息子さんによって・・・うーん大丈夫かなあ。


余談だけど、同時上映の「ミッキーのミニー救出大作戦」で悪漢をやっつけてミッキーたちがみんなで笑うシーンを見て、ビン・ラディン暗殺のニュースに歓声を上げるアメリカ人の映像を思い出してしまった。
子供のころはもっと素直に暴力描写を楽しめたものだが・・・。

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2014年03月15日

『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』 ジェフ・ワドロウ監督



前作がめちゃくちゃおもしろかったから、前作の7割ほども面白ければ良しとしよう、と期待値低めに設定したつもりだったけど、そこまでいかなかったかな。5割くらいか。

でもまあ良しとしよう。なかなか楽しかった。

アクションシーンの切れはないし、「そんなミンディは見たくなかった」というようなミンディを見せられてしまうし、期待のマザー・ロシアもあっけないし、文句言おうと思えばいろいろあるけど、まあ別にいいや、と思わせてしまうゆるさがある。

ヒットガールは十分かっこよかったし、ほかのヒーローやヴィランもおかしかった。
ゆるキャラブームと通底するのかどうかわからないけど、なんかほのぼのした中にも不健全な匂いがして、その中に過激な暴力が噴出するっていう、なかなか捨てがたい雰囲気があった。

町山智浩氏によれば、ヒット・ガールのエピソードはほとんどクロエ・モレッツが考えたものだとか。
http://www.excite.co.jp/News/world_ent/20140124/Aol_celebrity_kickass2.html
女の子の気持ちを描きたかったのはわかるけど、でもヒットガールでそれをやらなくてもいいだろうに。
学校内カーストに悩むヒット・ガールなんて見たくなかった。
女の子の気持ち描くなら、やっぱりキック・アスと共に行動して、つかず離れずの微妙な関係を描いてほしかった気がする。

やっぱりビッグ・ダディは偉大だったな。いなくなって、映画の大黒柱を失ってしまった感じ。
敵方もマザー・ファッカーが大ボスでいいのか?
子供たちが無目的に騒いでるような、締まりのなさがどうもな。
やっぱりヒット・ガール始め子供たちのが葛藤や成長がうまく描けてないのが一番の弱点か。



前作にはぶっ飛んだ。


マーク・ミラー (著), ジョン・ロミータJr. (画)
原作のコミックはもっと重い。
感想 

原作の続編も二冊訳出される。


『ヒット・ガール』
マーク・ミラー (著), ジョン・ロミータJr. (画)


『キック・アス2』
マーク・ミラー (著), ジョン・ロミータJr. (画)

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2014年03月01日

『アメリカン・ハッスル』 デヴィッド・O・ラッセル監督

とても面白かった。

でも詐欺師の映画っていうから、だましだまされ、どんでん返しに次ぐどんでん返し、みたいな映画を想像してたけど、そっちは控えめ。
人間関係がもつれて計画が収拾つかなくなっていく感じがおもしろかった。
時代の雰囲気も楽しいし。

役者陣も魅力的だけど、特に詐欺師の妻を演じたジェニファー・ローレンスが素晴らしかった。アカデミー賞とるんじゃないかな。いや他の候補者を知らないけど、私のなかではすでに受賞者だ。
出演者の事前情報ってまったくもたずに見たので、ジェニファー・ローレンスとデ・ニーロ以外は気づかなかった。
地味ないい役者が出てるな、と思ってたら、エンドクレジットで主人公がクリスチャン・ベイルだって知って仰天した。『太陽の帝国』のあの男の子がこんな中年男に・・・って驚き方が間違ってるけどけど。

渋い映画なので、あまりアカデミー賞何部門! とか派手なイメージにつられてみるとちょっとがっかりする人もいるかも。

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2014年01月03日

『ゼロ・グラビティ』アルフォンソ・キュアロン 監督

監督 アルフォンソ・キュアロン
出演 サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー


久々に3D映画をみた。
すごく良かった。
さすがはキュアロン監督。
臨場感たっぷりの宇宙サスペンス映画の傑作。
前作『トゥモロー・ワールド』も素晴らしかったし、もうSF映画はキュアロンにまかせたい。

もっともこれはSFとは言えないかな。
ちょうど国際宇宙ステーションで船外活動やってたし、タイムリーですごくリアルな感じだった。
でも、ロシア人が衛星を破壊するって設定はリアリティあるのかな?
中国が破壊した時はずいぶん批判されてたけど、あんなことするのだろうか。

音楽が時々うるさすぎるのがちょっとよくなかった。
この映画にこけおどしは不要でしょう。
もっと宇宙の静けさを感じたかった。

あとジョージ・クルーニーが喋りすぎるんで、字幕に頼るしかない身としては辛かった。
見事な3D映像を堪能するには無口な男の方がよかった。
いや、本当にいい男なんですけどね。


J・J・エイブラムス&アルフォンソ・キュアロン監督、新ドラマでタッグ
このSFミステリードラマ『Believe』も本当に楽しみ。


ゼロ・グラビティ [DVD]


トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション [DVD]

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2013年12月22日

『かぐや姫の物語』 高畑勲監督


とても良かった。
心から楽しめた。
理屈っぽい映画かな、と覚悟して見に行ったのだけど、笑いあり涙あり、魅力的な細部に満ちた娯楽映画にちゃんとなっていた。
それでいて、生きることの本質みたいなものまで考えさせてくれる、
竹取物語の基本的な筋は変えずに、ここまで深い物語を描けるとは。
日本のアニメーションの最高傑作の一つと思う。

絵も良かった。
日本のアニメで、ストレスなく全編みられたのは久しぶり。
地味だしぱっと見そんなに魅力的とは思えなかったけど。
『老婦人とハト』とか『老人と海』とか外国の物に比べるとどうかな・・・。
でも日本の長編アニメでここまで可能なのか、と希望がわいて出た。
後に続く人が出てくれればいいなあ。
正直、私は最近の日本アニメの絵柄がほとんど受け付けられなくなっていて、まどかマギカなんかも半分くらい目をつぶり耳をふさぎながらみていた。すごいとは思ったけど。
だからこの映画には砂漠で泉に出会った人のようにさわやかな喜びを感じた。

特に疾走シーンの荒々しいタッチが良かった。
全体に、もっと自由奔放にいろんな手法が入り混じっても良かったんじゃないかな。
感情さえつながっていれば十分つながるはずだと思う。

不満というわけではないけど、物語もちょっと整理されすぎのような気もした。
テーマを表現するために考え抜かれたストーリーという感じで、それはもちろん欠点じゃないにしても、昔話らしいわけのわからない魅力も残してほしかった。

宮崎駿と通じるものが大きいのかな、とも思った。
浄土よりも地上の汚濁に満ちた生を肯定する姿勢はナウシカと通底する。
(成仏するより畜生道に落ちろ、ってことだよな)
夢の中でしか飛べなくなっているのも、たまたまかもしれないけど『風立ちぬ』と同じだし・・・。もっと素直にファンタジーを作ってくれればいいのに、とも思うけど、いま何を作るべきかとか誠実に考えちゃう人だからこそ質の高い映画を作れるんだろう。

技術的にもすごいのだろう、わたしにはよくわからないが。
油絵アニメーションだともう30年近く前の、『英雄時代』ってハンガリーの長編アニメーションがあって、この絵で動かせるのか、とびっくりした。映画としてもとても面白かったし。また見たいなあ、と思ってたらネットで見れるのか。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2432975
今見るとやっぱり止め絵が多いかな。



かぐや姫の物語: スタジオジブリ絵コンテ全集20


かぐや姫の物語 ビジュアルガイド


ユリイカ 2013年12月号 特集=高畑勲「かぐや姫の物語」の世界



瓜子姫の夜・シンデレラの朝 (Nemuki+コミックス)
諸星大二郎 (著)
一番最近読んだ昔話の再話ということでこの漫画も・・・。
日本、中国、西洋が入り混じった和華蘭という言葉があるそうだが、日中欧の昔話を諸星流にアレンジ。
確かにわけのわからん話が多い。
それも魅力的。


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2013年08月16日

『パシフィック・リム』 ギレルモ・デル・トロ監督


二D吹き替え版でみた。

私も子供の頃は巨大ロボットものや巨大怪獣ものが巨大好きでよく見てたけど、おとなになった今では、どちらかと言えばロボや怪獣より、人間の方に興味が傾きつつある。
そんな私の童心を試すかのように、海の向こうから現れた巨大ロボ映画・・・。

あまり燃えなかった。

燃えられない自分にもがっかりだが、映画自体にも問題あると思うなあ。

オタクごころをくすぐられる楽しい映画ではあったけど、もっとすごい映画なんじゃないかと期待してたのだが・・・。
「これってあれに似てる!」とむしろ既視感をこそ楽しむべき映画なのかもしれないけど、私は見たことのない世界、想像を超えた世界を見たかった。

街なかでの戦いが少なすぎるのも不満だ。海での戦いが大半で、せっかくの巨大怪獣な意味があまりない。

前半、人間ドラマの部分が結構長くて我慢を強いられたけど、それが後の戦闘シーンにほとんど生かされていないのも残念だった。

リアリティを出す努力をあまりしてないようにも見えた。巨大ロボがジャンプしたり、あんなところから落っこちても無事だったりってのはいくらなんでもないだろう。

もしやデル・トロ監督にとって不本意な仕事だったのかな。あまり真剣に受け止めていないんじゃないかって感じられるところがあって、ちょっと哀しかった。
でも後でインタビューを読んだら、楽しんで作ったそうだが。

デル・トロ監督の最高傑作は今のところ『デビルズ・バックボーン』[アマゾン]だと思ってるけど、そちらの路線の方が好きだ。
二つの路線をうまく統合してくれるといいんだけど。

映画「パシフィック・リム」ギレルモ・デル・トロ監督のすさまじいスケッチ集 GIGAZINE
これはせひとも出版してほしい。

吹き替え版で見たのもよくなかったかも。その方が映像に集中できると思ったんだけど、どうもテレビで安っぽいB級アクションでもみてるような気分になっちゃった。
「ロケットパーンチ!」と叫んでたけど、原語では「エルボーロケット!」らしい。勝手に変えないでほしい。

なんか悪口ばかりになったけど、喜んでる人たちへのやっかみもあるんだろうね。私も燃えたかったぜ。
まあヘルボーイくらいにはおもしろくできてる映画だと思うし、過大な期待さえ抱かなければもっと楽しめただろう。

菊地凛子さんは正直・・・いや、どうかな、正直に言う必要もないか。日本人がハリウッド大作のヒロインになった快挙を素直にたたえたい。
子供時代のマコを演じた女の子はすごくうまかった。そこで笑うのは不自然だろうとも思ったけど、悪いのは彼女じゃなくシナリオだ(いや、記憶の中の映像だからあれでもいいのか)。

エンドロールで、「モンスターマスター」のハリーハウゼンと本多猪四郎に捧げられていた。
着ぐるみのゴジラに批判的だったハリーハウゼンとしては、並べられて不本意かも。
コマ撮りか着ぐるみかの対立を乗り越えちゃったってことかな。

ところで皆さんは2Dをトゥー・ディーと読んでるんだろうか。私は「ふたづ」と読むことを提唱している。
たいしたことない3D映画を見たときは「ふたづで十分ですよ、ふたづで十分ですよ、わかってくださいよ!」と言うことにしている。あまり3Dでは見ないので言う機会がないが。
『パシフィック・リム』もIMAX 3Dでみてたら感想が違ったかな。


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2013年08月10日

『1900年』 ベルナルド・ベルトルッチ 監督



『1900年』
 原題:Novecento 1976年公開 イタリア語映画

監督: ベルナルド・ベルトルッチ
撮影: ヴィットリオ・ストラーロ
音楽: エンニオ・モリコーネ
出演: ロバート・デ・ニーロ, ジェラール・ドパルデュー, ドミニク・サンダ, バート・ランカスター, ドナルド・サザーランド, アリダ・ヴァリ, ステファニア・サンドレッリ

この前初めて見た。
なにしろ上映時間が5時間以上もある大作なので、今日はちょっと時間が無くて・・・、とか寝不足で・・・とか自分に言い訳して、見るのを先延ばしにしてきたのだった。

で、ついに見たわけだが、本当にすばらしかった。
難解な映画かと思って身構えて見たのだけど、むしろわかりやすく、豊かな物語世界にたっぷりと身を浸すことができる、愉悦に満ちた5時間だった。
画面の美しさという点でも、映画史上最高じゃないかと思う。北イタリアの農村風景の息を呑むような美しさ。
撮影はヴィットリオ・ストラーロだ。


物語
20世紀の初め、1901年の同じ日に生まれた二人の男。
一人は地主の跡継ぎとして生まれたアルフレード。もう一人は小作人の家に生まれた父なし子オルモ。
幼なじみとして育った二人の半世紀にわたる友情と葛藤が、20世紀前半の激動の時代を背景に描かれる。

なお、生まれた年を1900年としているサイトが多いようだけど、ジュゼッペ・ヴェルディが死んだ年だとすると1901年だろうと思う。原題の“Novecento”はイタリア語で900の意味で、1900年代とか20世紀とかいう意味でも使うらしい。
もっともthe Internet Movie Database によると、イタリアで第一次大戦に徴兵されたのは1899年生まれまでだそうで、二人が戦争から復員するという設定はいずれにしてもおかしいらしいが。
http://www.imdb.com/title/tt0074084/
http://www.imdb.com/title/tt0074084/trivia?tab=gf&ref_=tt_trv_gf

「ジュゼッペ・ヴェルディが死んだ」と嘆き叫ぶ声から物語が始まる。ヴェルディはイタリア統一運動に寄与したとも言われるほどの国民的な作曲家だけど、その死によって19世紀が終わり、20世紀的なイタリアの悲劇が始まることを象徴的に示しているのだろう。
もっとも語り口は19世紀的というか、実に堂々とした叙事詩的なものだ。
オペラ的と言っても良いかもしれない。
ベルトルッチはヴェルディが好きだそうだけど、ヴェルディっぽい感じも受けた。
血の復讐、親子の葛藤、集団間の激しい対立、沸き立つような群衆のエネルギー、美しい音楽に彩られた荘厳なドラマ。
リゴレットと呼ばれているせむしの男性も出てくる。

特に少年時代の農村のみずみずしい描写がとてもよかった。
農民たちの臭ってくるような生々しさとか。

汽車の線路に横たわって度胸を示すシーンは『カラマーゾフの兄弟』からの引用だろうか。

二人の主人公以外にも印象的な登場人物が多い。たとえば農園の管理人で、黒シャツ隊の幹部としてのし上がっていくアッティラ。
でも歴史映画としては、あまりに悪役然とした悪役で、立ち上がる農民たちと明確に対比されているのがちょっと意外だった。
ファシストが悪役として描かれることに異存はないにしても、あんなにサディスティックに描かなくても・・・。悪魔のように歯をむき出して笑うし、名前からしてアッティラだし。
アッティラってイタリアでは珍しくない名前なのかな。もしかしてあだ名?
とはいえ彼の強烈な悪の魅力があればこその盛り上がりだろう。リアルな個人を描くより、ファシズムの悪をすべて彼に体現させたのかもしれない。
まあ実際、時流に乗って威張ってる人たちには卑劣な人が多いんだろうと思う。


どうも私は少年時代から続く友情と対立のドラマが好きなようだな。今までその手の映画で一番好きなのは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(アマゾンへ)だったけど、『1900年』は勝るとも劣らない。デニーロもモリコーネも共通してるけど、ひょっとして影響関係があるのかな。そういえばセルジオ・レオーネ監督の『ウェスタン』のシナリオにベルトルッチは関わってるんだね。


ベルトルッチ監督の映画は半分くらいしか見てないけど、その中では『ドリーマーズ』が一番好きだった(今は『1900年』が一番好き)。パリの五月革命を背景にした青春映画。小品なので『1900年』とは比較できないけど、共通する点も多かった。
『1900年』でアルフレードが愛する女性アーダは、『ドリーマーズ』でエヴァ・グリーンが演じた女の子を思い出させる。奔放で芝居がかっているところとか、実は初めてだったりするところとか。ベルトルッチの好きな女性像なのかな。





ネタバレ気味の感想

最後のシーンがよくわからなかったけど、次のような解釈をしてみた。

オルモが「地主はもう死んだ。友達のアルフレードは殺してはいけない」といってアルフレードの命を助けるわけだが、それに対してアルフレードが「地主は死んでいない」と言う。まだ死んでいないから殺されなければいけない、という意味か。自殺をほのめかしているのだろう。
で、それを止めようとするオルモとつかみ合いになる。
年寄りになってからの二人も同じようにつかみ合ってる。
年寄りのアルフレードは少年時代のように汽車の線路に横たわる。今度はレールに頭を乗せ、轢かれるようにして。
その時代に赤旗で飾り立てた汽車が走っているとは思えない(よく知らないけど)ので、あれは幻想の汽車だろう。勇敢さを示したあの少年時代に戻りたい、それ以後の臆病な自分を殺したい、という願望を示している。

でも、それにしてはなんとなくおかしみとか開放感が感じられるラストなんだよな。
ままならない歴史の重みを脱して、思い出の中にある少年時代へと心を解き放った、という感じかな。

そういえば『ラスト・エンペラー』のラストも、子供時代のコオロギの思い出に帰るんじゃなかったっけ。
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2013年07月26日

『風立ちぬ』 宮崎駿監督


期待1割、不安9割という感じで109シネマズに見に行ったのだが、果たして・・・。

今回はとても良かった。

緻密に描かれた戦前の町並みや人々の営みがとても魅力的で、ずっと見ていたい感じ。
お得意の飛行シーンより、地上のディテールのほうがずっと面白かった。
(もっとも宮崎監督は半藤一利さんとの対談で、時代考証では嘘をつきまくった、と語っているので、昔の日本はこうだったとか思わない方がよいかもしれない。知った上で嘘つくのはいかがなものか)

あと地震の場面など、夢なのか現実なのか迷うような、誇張された表現も随所にあって、自由自在な表現もおもしろかった。普通ならなんだこりゃってなりそうな描写も、ハウルやポニョを経た今では自然に受け入れられる。

人物は目が大きいいつもの宮崎キャラで、あまり日本人に見えないのが残念だが。

無理にドラマを盛り上げようとかしてなくて、全体に淡々とした描写。
主演の庵野氏の棒読み的台詞回しもなかなか良い感じだ。声優だと声だけで感情を表現しようとするせいか大げさになりがちなんだよな。まあ最近の宮崎アニメじゃそんな心配ないか。
音楽も抑制されてる。もっと控えめでも良かったかな。

テーマ性が前面に出すぎて議論を絵解きしたような映画になっちゃうんじゃないかと危惧してたけど、あまり技術者の戦争責任とかの問題にはふみこまず、達観した引いた視点で人間の業を見つめる感じだ。
といっても突き放しているわけではなくて、どうにもならない人間の悲劇を情を込めて描いている。
歴史修正主義が幅をきかせる昨今、もっとはっきり言ってほしかったって気持ちが無いわけでもないけど、上滑りな議論にまきこまれるより、もっと普遍的なものを描きたかったんだろうな。生きた人間の生活や心情に寄り添うほうが大事だってことだろうな。
でも外国の人にはどう見えるのかな。戦争肯定ではないことはわかってもらえるだろうけど、加害から目を背けて自己憐憫に浸ってると受け取る人がいても仕方ないと思う。日本人の哀しみだって描かれていいはずではあるけど。
日本の戦争映画って昔から、日本人がいかにひどい目にあったかを感傷的に描くものが多くて、宮崎さんとしては長年の葛藤の末にたどりついた境地なんだろうけど、結果としては同じような場所だったのかもしれない。


それにしても零戦開発史に堀辰雄の「風立ちぬ」を組み合わせるってどういう発想なんだ。
軽井沢(?)の場面とか出てきてもまだ信じられなくて、「あ、本当にやるんだ」って感じだった。
やっぱり恋愛部分は木に竹を接いだような感じ。密度が急に落ちてしまい、ちょっとがっかりした。
でもいいシーンもあった。婚礼とかとてもきれいだった。あの儀式は本当にあるのかな。あっても花嫁がざんばら髪ってことは無いよなあ。

あと、当時の日本人が街中で抱き合うなんてことあったんだろうか。想いの強さを表してるのかもしれないけど、宮崎アニメのパターン化された感情表現に見えてしまい、いまいち伝わるものがなかった。
でも全般的に、従来のパターンからはみ出た描写が多くておもしろかった。ちょっとハラハラもした。

なんとなく抱いてる戦前の日本や日本人のイメージって、実際とはかなり違ってるだろうな。自分の知らない時代について先入観で批判するのはよしたがいい。
結核が国民病だった時代の記憶が自分にないから、切迫感が理解しにくいのかもしれない。

背景がリアルで緻密なだけに、「アニメっぽい」人物デザインには違和感が大きかった。
特に主人公がひどい。まあ顔からは目をそらすようにしてたのでそんなには気にならなかったけど。みんなは気にならないのかな。
(まてよ・・・ドラマが淡々として見えたのは顔を見てなかったせいなのか? 実は顔面芝居をしてたのかも)
二郎には特定のモデルがいるのに、似せようとか思わなかったのかな。
もうちょっと民族的特徴にも敬意を払ってほしい。西洋人もたくさん登場するのだしちゃんと描き分けるべきじゃなかったか。外国人が見たら変に思うんじゃないか。
リアルな日本人顔では悲恋物語は無理という判断なのかな。堀越二郎さんのリアルな顔で病気の菜穂子さんを慰めるシーンとか描けば、その方が感動的なんじゃないかという気もするけどな。
もっとも恋愛パートは堀辰雄の領分か。


荒井由実の「ひこうき雲」も意外に合っていた。
良い曲だなあ。キャロル・キングの影響が強いのかな。
バブル期に流行ってたからってユーミンを嫌うのは筋違いだよね。


『風立ちぬ・美しい村』堀 辰雄 著
宮崎さんが映画化すると聞いて2,3年前に読んだ。
アイドル映画になったりもしてたせいで、お涙頂戴の難病ドラマかと誤解していたけど、美しい詩のような小説だった。
私の持っている版には百恵と友和のスチルが印刷されている・・・。


「文藝春秋」 2013年 08月号
宮崎駿と半藤一利の対談が載ってる。「記念対談 『風立ちぬ』戦争と日本人」
歴史に詳しい半藤さんとの対談なので、興味深い昔の話がいろいろと読める。
例によって「この映画が最後」という宮崎さんだが、次に期待が持てそうな結論になるのもうれしい。
宮崎さんが自分の映画で初めて泣いたそうだが、泣いたシーンは意外にも、技術者たちがユンカース社で冷遇されるところだそうだ(御自身の海外での屈辱体験も思い出したかな、と邪推)。
でも初めて泣いたってのは嘘じゃないかなあ。コナンの絵コンテ描きながら感極まって落涙する宮崎さんの目撃談とか読んだことあるけど。完成作では初めてなのか。


『風立ちぬ スタジオジブリ絵コンテ全集19』宮崎駿 著
宮崎さんのマンガのファンなので、アニメが気に入らなかった場合でも絵コンテは毎回楽しみに読んでる。


『大空のサムライ―かえらざる零戦隊』(光人社NF文庫) 坂井 三郎 (著)
零戦についてはわたしはほとんど知らないのだけど、この本だけは読んだ。
日本のエース坂井三郎さんによる迫真の戦記。大変面白かった。
ラベル:宮崎駿 風立ちぬ
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2013年07月13日

『モンスターズ・ユニバーシティ』 ダン・スキャンロン監督


ピクサーの新作。今回もいまいちだった。
『モンスターズ・インク』の前日譚。『ファインディング・ニモ』の続編も作ってるらしいし、企画力が衰えてきてるのかなあ(とはいえ『ウォーリー』の続編なら見てみたいけど)。

と思っていたら、続編製作を抑制するというニュースが出てた。
http://eiga.com/news/20130709/7/


お話も落ちこぼれ学園コメディの定石通りであまりおもしろくなかった。
ピクサーアニメでこんな学校階級闘争ものなんてみたくないよ。

いまいちという点では去年の『メリダとおそろしの森』もそうだったけど、あっちの方が志は高かったと思う。
森の描写とか、絵としての魅力も大きかったし。

こっちだってモンスターが大挙して登場するんだからもっと絵的におもしろくなってもよさそうなものだけど。
おもしろかったのは図書館のおばさんくらいかな。

もっとも『モンスターズ・インク』が好きな人なら若き日のサリーやマイクに会える喜びがあるのかもしれない。
私はあまり『モンスターズ・インク』に思い入れがないからな。
会社嫌い、学校嫌いの私には合わないシリーズなのかも。




『ウォーリー』の続編なら作ってくれてもいいのになあ。
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2013年06月15日

『イノセント・ガーデン』 パク・チャヌク監督

『イノセント・ガーデン』
2013年 アメリカ映画
監督
 パク・チャヌク
出演
 ミア・ワシコウスカ
 ニコール・キッドマン
 マシュー・グード 他

パク・チャヌク監督の米国進出作。
おもしろかった。アジア人監督の米国進出第一作としてはかなり成功してる方じゃないだろうか。興行的にはどうか知らないけど。
こういう耽美的な少女世界の話って好きなので楽しく見た。

でもパク・チャヌク監督というとやっぱり『オールド・ボーイ』の圧倒的なおもしろさを思い出してしまうので、今回も違ったか、というがっかり感も正直あった。

テレビドラマ「プリズン・ブレイク」の脚本家によるシナリオって割にはひねりがないな、と思ったら、脚本家ではなく主演俳優が書いたシナリオでしたのか。

娯楽作としては、『オールド・ボーイ』、『JSA』の次くらいのおもしろさかな。


父親を事故死で亡くした少女インディア・ストーカーの家に、叔父と名乗るハンサムな男が訪ねてくる。しかし母親すらその存在を知らなかったという。やがて彼らの周りで人が消え始める……。

ヒッチコックの『疑惑の影』みたいな話。でも『疑惑の影』ってどんな話だったっけ。怪しいおじさんが出てくるのは確かだけど、真相がどうだったか憶えてないのであった。

パク監督がヒッチコックを意識しいたのかわからないけど、ちょっと余計な手管を使いすぎじゃないかな。映像は凝ってるけど、あまり効果を上げていない感じ。特に前半、あまり話が動かないのに映像ばかりが変に思わせぶりで、ちょっといらいらした。
原題がStokerでブラム・ストーカーを思い出させるから、そっち方面ぽい感じもかもし出そうととしてるのかもしれない。

森での逢引からシャワーシーンにいたるあたりの、隠されたものがあらわになっていくあたりの描写が圧巻だった。
オナニー・シーンも良い。女性のオナニーシーンで一番好きなのは『マルホランド・ドライブ』のナオミ・ワッツだけど、これもベスト5くらいに入ると思う。
でもほかに5作もあったっけ。他に思い出せるのは・・・『ブラック・スワン』の怖すぎるオナニー、フランソワ・オゾン監督の『スイミング・プール』、これはエロかった。『台風クラブ』の工藤夕貴もしてたっけ。好いのが多いな。良くないのは記憶に残ってないからか。
あとベルイマン監督作で、ベランダか何かの手すりでオナニーする場面があるって聞いたけど、何の映画だったかな。見たはずなのに気づかなかったのだ。
男性だとやはり『けんかえれじい』の・・・いやオナニー話はこのくらいにしよう。

ついでですが、最近旧約聖書「創世記」を読んで、オナニーの語源になったオナンの話もその中にあるのだけど、手淫というより、妊娠に繋がらない射精がオナニーってことなんですかね、もともとは。まあオナニー話はこれくらいでやめよう。


(イノセント・ガーデンの話に戻って、)好みから言うと、主人公がもっと若いとよかった。思春期の危うさが出せたんじゃないかなあ。
インディアは役の上では18歳、演じるミア・ワシコウスカはもっと老けて見える。

イノセント・ガーデン.jpg
鉛筆と写真合成による美しいポスター。
イギリスのフェイ・ダルトンという画家だそうだ。
http://www.faydaltonillustration.com/page5.htm



スパイク・リー監督による『オールド・ボーイ』のリメイク映画が本年公開予定。
http://cia-film.blogspot.jp/2013/06/oldboy-4.html

以前、松岡 環さんの講演で、インドでも『オールドボーイ』がリメイクされたと聞いたんだけど、ついでに輸入してくれないかな。
「Zinda」という映画だそうだ。見た人の感想があった。
Junglee Blog
http://junglee.blog118.fc2.com/blog-entry-45.html
アジアのうずまき
http://lemoncoffee.cocolog-nifty.com/uzumaki/2006/06/post_f04c.html

ちなみに、今一番楽しみにしてる映画のひとつがパク・チャヌクがプロデュース、ポン・ジュノ監督の『スノーピアサー(Snowpiercer)』だ。フランスのマンガが原作のSF。「雪国列車」って題は使わないのか。
http://aw5656.blog.so-net.ne.jp/2013-06-13-1
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2013年05月03日

『バグダッドの盗賊』(1940)ルドウィッヒ・ベルガー、マイケル・パウエル 監督



『バグダッドの盗賊』
 1940年 イギリス映画
 監督 ルドウィッヒ・ベルガー、マイケル・パウエル
 出演 サブ―、コンラート・ファイト、ジョン・ジャスティン、ジューン・ドペレス

4月に一回もブログ更新しなかった。
ちょっと患って寝込んでたもので。

何か書こう。
あわてて書いたところで4月が戻ってくるわけじゃないが。

では最近TOKYO MXテレビで見た『バグダッドの盗賊』の感想。
http://s.mxtv.jp/cinema/info.php?j=7

おもしろかったなあ。やっぱり昔の特撮映画は楽しい。
アラビアンナイトの世界を描いた冒険物語。
フルカラーで色使いもきれいだし、ランプの巨人、空飛ぶ馬など、今見ても見事な映像に見ほれてしまう。

かなりよくできてると思ったけど、有名な映画なのかな。
題名はよく聞くけど、たぶんダグラス・フェアバンクス主演版を指してる場合が多いと思う。この1940年版の映画のことを指してるのかどうかわからない。
と思っていたら、ついさっきTOKYO MXテレビの「ニッポン・ダンディ」で、高橋ヨシキさんがファンタジー映画の名作のひとつとして本作を紹介していた。ただ字幕が間違っていた。紹介しているのはこの1940年版なのに、字幕ではラウール・ウォルシュ監督、ダグラス・フェアバンクス出演となっていた。これは1924年製作のアメリカ映画。
ついでながら、この番組おもしろいですよ。毎週金曜日「ニッポン・ダンディ」で高橋ヨシキさんや水道橋博士さんが映画を紹介してくれる。


こんな昔の映画でアジア人が主演するのって珍しいんじゃないかな。
マレー系っぽい顔立ちのサブーという人が盗賊役で大活躍する。
(インド人だそうだ。「アッチャー・ページ」というインド映画紹介サイトに詳しい説明があった。
http://homepage3.nifty.com/jiromaru/sabu.html
王子と王女は白人の俳優が演じるけど、見どころはサブーの生き生きとした活躍だと思う。

dulac_descent.jpg
エドマンド・デュラックが描くアラビアン・ナイトの世界。こういうのがそのままアニメーションにならないものかな。

ちなみにTOKYO MXテレビでは5月にヒッチコック監督特集をやってくれる。
かなりいいラインナップだな。

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2012年12月31日

『ホビット 思いがけない冒険』 ピーター・ジャクソン監督


「ロード・オブ・ザ・リング」が苦手なので、「ホビット」の監督がまたもやピーター・ジャクソンに決まったときはがっかりした。見るもんか、と決意を固めていたのだけど、つい見てしまった。私って意志が弱くてだめだなあ。

案の定、あまりよくなかった。でも、どんなにうまく作ったとしても、子供の頃に原作を夢中で読んだ時の感動に及ぶはずはないので、この映画がだめとばかりはいえないかもしれない。
原作ファンの中にも絶賛している人はいるようだし、私には合わなかった、ということだろう。

こんな派手な戦闘シーンあったかな、とか、王様がドワーフに見えないな、とか雰囲気が荘重すぎないか、とか不満が多かった。
もっとも、原作は子供の頃に読んだきりで、ちゃんと憶えているわけではないのだが。
子供の頃好きだった本を大人になって読み返すと、当時の印象が上書きされてしまう恐れがあるので慎重になってしまう。ナルニアでは失敗してしまった。思い出は思い出のままとっておきたい。

あと「ロード・オブ・ザ・リング」の時にも書いた気がするけど、オークが原作より化け物じみて描かれるのは、原作どおりに造形するとだと黒人とアジア人を混ぜたような外見になってしまって今時まずいからかな、と。
『ホビットの冒険』での描写がどうだったか、はっきり憶えてないので的外れかも知れないけど。

なお私が見たのは二D字幕版。
1秒48コマのHFR 3Dで見ると全く違う映画だ、といっている人もいるようだ。
私は3D映画を見てもあまり感心したことがないので2D版で見ることが多いのだけど、3D仕様の映画を2Dでみると、人や物がわざとらしく前に飛び出してきたりして邪魔くさく感じることが多いんだよな。
「ホビット」でも戦闘シーンとか派手なばかりで退屈だったけど、私が金をけちったせいかもしれない。

ジャクソン映画で描かれる中つ国ってどうも好きになれないのだけど、今回は思ってたほど違和感を覚えなかった。慣れてきたってことか。
まずいな、この世界に慣れたくない。
次作からは決して見ないぞ、と決意を新たにした。
でもスマウグが本格的に暴れるところちょっと見たい気もする。あと樽のところとか。
いやいやだめだ。見ないぞ。




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2012年12月28日

『レ・ミゼラブル』 トム・フーパー監督

とてもよかった。感動的。
すでに予告編で泣いていたのだが、本編も滂沱の涙。

念のため断っておくと、これはミュージカル映画です。
知らずに見ると、みんな歌ってて驚くかもしれないので。

歌の力をあらためて感じた。
特にコゼットのお母さんが歌う歌とか、思い出すだけで泣けてくる。

アフレコではなく同時録音だそうだ。
感情が生々しく迫ってくるのはそのせいか。
なお舞台版は見てないので比較はできない。

演技も歌もすばらしい。
ラッセル・クロウの歌も、うまいのかどうかわからなかったけど、ジャベールらしく無骨な感じで悪くないと思った。

今までに見たミュージカル映画の中でもかなり好きな方だ。
(ちなみにほかに好きなのは『ジーザス・クライスト・スーパースター』『メリー・ポピンズ』『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』など)

雰囲気的には『オリバー!』を思い出した。
物語性豊かな19世紀文学はミュージカルに向いてるかもしれないと思った。
偶然の出会いとか誇張された性格とか、リアリスティックな映画では難しいかも。
長大な物語を省略する場合も、歌で情報や感情を補えるし。
あれとかあれとかどうだろう。まあ、良い音楽を得られるかどうがが決定的に重要なわけだが。

恥ずかしながらユゴーの原作は途中で挫折した。
確か、子供だ子供だと思っていたコゼットが大人になってしまうところで、がっかりして読む気力を失ったんだ。
当時は大人の女性に関心がなかったので。


サウンドトラック盤

原作、再挑戦するかなあ・・・。



岩波少年文庫の抄訳も出来がいいそうだ。『ノートルダム・ド・パリ』もそうだったけど、本筋と関係ない話が長いんだよな。


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2012年12月22日

『フランケンウィニー』 ティム・バートン監督

とてもおもしろかった。
ティム・バートン監督の映画を心から楽しめたのは何年ぶりだろう。へたすると『バットマン・リターンズ』以来か。まあこれまで期待値が高すぎたんだろうな。

初心忘るべからず。
バートン監督の原点回帰といえる一作。
私自身はモンスター映画にそんなに思い入れはなくて、オマージュもよくわからなかったのだけど、不気味な雰囲気に浸れて楽しかった。(もちろん『フランケンシュタインの花嫁』とか基本的なものは見てるよ、念のため言っとくと)

奇妙なクラスメイトたちや怪物たち。ティム・バートン本領発揮という感じ。
でも一番よかったのはヴィクター少年と犬のスパーキーの友情がきちんとえがかれてること。かけがえのない友情と、それを失っての悲しみ。
こういう真率な感情表現があってこそ不気味な世界も生きるんだと思う。

ラストがあまり好きになれなかったけど、まあ小さいことだ。

しかし犬ってほんとに人間のことを好きだよなあ。見てると涙が出そうになる。人間にそんな価値ないよって言いたくなる。

おや、犬の名前がウィニーなのかと思ってたけど、スパーキーなのか。ウィニーって何だろう。weenieを辞書引いたら「細かく切った牛肉や豚肉を通常薫製にした、なめらかな質感のソーセージ」だって。つまりウィンナーソーセージのことか。確かにそんな見た目だけど。「おたく」みたいな意味もあるらしいけど、どっちかな。

あまりなめらかに動くとCGアニメーションと区別がつかなくなるということで、わざと粗い動きを残したそうだ。それが功を奏してとっても味わい深いアニメーションになった。
『コララインとボタンの魔女』なんかもよかったけど動きがなめらかすぎだった。いや、そこにケチをつけたら申し訳ないけど。

これからもティム・バートン監督には原点を忘れないでほしいな。


余談だけど、トシアキという日系人らしきクラスメイトが出てくるけど、ちょっと目が細めな以外は白人キャラと区別つかない。
日本人はアジア人顔に描かれるのを嫌がるってことを知って配慮したのかな?
宮崎駿の次回作『風立ちぬ』の短い予告編をやってたけど、いつもの宮崎キャラで、とても日本人には見えなかった。女の人なんて髪が青いし。絵的にはあまり期待できない感じ。
むしろ高畑勲監督の『かぐや姫の物語』の方が絵的には意欲的な感じだったな。
「姫の犯した罪と罰」とかいうコピーもちょっと興味そそる。


『フランケンウィニー ビジュアルブック』小学館集英社プロダクション


『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス コレクターズ・エディション』(デジタルリマスター版) [Blu-ray]
短編版の「フランケンウィニー」や「ヴィンセント」も収録。


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2012年08月11日

『ダークナイト ライジング』 クリストファー・ノーラン 監督

とてもおもしろかった。
三部作完結編にふさわしい傑作。
前作までのリアル路線も引き継ぎつつ、アメコミ映画らしい荒唐無稽な部分がちゃんとあるのがうれしい。ユーモアやロマンスもあるし、ロマン主義的な血の物語とかも入っていて、大いに楽しんだ。
前作『ダークナイト』はリアル指向が行き過ぎて、ヒーローものとしての骨格を壊すところまで行ってしまっていたと思う。すごいけど若干ちぐはぐな印象も受けた(『ダークナイト』だって傑作だとは思ってるけど、あまりに世評が高いので、ついケチを付けたくなる 『ダークナイト』の感想)。
今作はむしろ『バットマン・ビギンズ』を引き継いでいる。
これから見る人は『バットマン・ビギンズ』を見直してからにしましょう。

バットマン ビギンズ [DVD] amazon

プロットには矛盾というか、「?」という部分も結構あったけど、あまり気にならなかった。適度にマンガっぽさを保ってるので、誤差の範囲内として許せる。
『ダークナイト』の場合はシリアスすぎてそういう見方が許されず、プロットの穴が目立ってしまっていたと思う。またケチをつけてしまったが。

悪役ベインは迫力たっぷり。
単なる力持ちと思いきや、なんだかすごい悪の哲学を持っていそうだ。でも、やることは結局これか、というがっかり感はあったけど。
北一輝は眼の病気で、痛み止めの薬を常用していたために論旨が支離滅裂で誇大妄想的だった、という説があるけど、そういうことなのかもしれない。
ラーズ・アル・グールの思想がどんなものだったか忘れてしまっていたので、どういうふうにつながるのかよくわからないところもあった。
結局はエピゴーネンにすぎないのかな。破門されたというわりにははみ出す部分がなかった気がする。

欠点てわけじゃないけど、女性陣の顔や雰囲気がみんな似通っていることが気になった。この人って生きてたんだっけ? とか、いつの間に金持ちに? とかちょっと混乱した。外人の顔を区別できない私にもちょっと責任あるかもしれない。
レイチェルへの想いを表すためにわざと似せたのかな。

オキュパイ運動とからめて右派イデオロギーを読み取る向きもあるらしい。
そうなのかもしれないけど、ここは「何事もやり過ぎは良くない」程度に受け取っておけばいいんじゃないかなあ。あまり表面の類似に引きずられない方がいいような気がする。
たとえばデント法を重慶の打黒運動に重ね、薄熙来の裏の顔を暗示したのだと見ることもできるけど・・・。時事ねたより、もっと普遍を目指した映画だと思う。


検索してみると、賛否がわかれているようだ。
否定派を代表して「町山智浩のアメリカ映画特電」
http://enterjam.com/?eid=5706#sequel

また、町山氏が紹介していた「アメコミ原作映画について素晴らしい著作がある評論家ジュリアン・ダリウスの徹底的な「ダークナイト・ライジング」評」
Why The Dark Knight Rises Fails
英語。まだ全部は読んでないけど、これは読む価値あると思った。でも誰かが日本語訳してくれるのを待てば良かったかなあ。始めの部分だけならこちらで訳してくれている。
じょうぶなタイヤ。「なぜダークナイトライジングは失敗したのか?」海外のダークナイトライジング評<翻訳>

個々の指摘には、なるほど、と思えるものも多いけど、本質的な問題なんだろうか。
欠点が多いのは認めるけど、それを許せる気になるかどうかが結局は問題だからなあ。
細部に引っかかってたら楽しめないってことは『ダークナイト』で学んでいたので、辻褄なんて気にしないぞ、という固い決意で望んだので私は平気だった。
『ダークナイト』のリアリティ・レベルを引きずったままライジングを見て批判してる人が多いんじゃないかって気がする。
影の同盟だの「穴」だのが存在する世界でそんな細かいこと気にしなくてもいいのでは? 常温核融合が実現しているくらいだから物理法則からして違う世界なのかもしれないし。

これから見る人にもその方法をお薦めする。
矛盾点にこだわって見過ごしてしまうにはあまりにもったいない、エネルギーに満ちた作品なので。
エンヤ聞いたり『求めない』とか読んで寛かな心で見るといいでしょう。
結局、見る者の心掛けしだいってことですね。

町山氏は、何で脚本の欠点に目をつぶらなければいけないのか? 何で欠点を観客が自分で補わなければいけないのか? と質問されてましたが、それに答えるなら、「その方が楽しめるから」となりましょう。
もちろん職業的に映画を見ている人には別の倫理基準があるでしょうけど。

公平に見て、欠点はあっても通常の娯楽映画の水準を大きく超えていると思う。
でもノーランが大物になったために脚本をチェックできる人がいなくなっているんだとすれば問題だな。

あと、町山智浩氏の指摘で疑問を感じたところもあるので、私の考えも以下に書いてみる。

ネタバレになります。

町山智浩氏:過去に脱走者がいるのに、「穴」に看守をつけないのはおかしい。

わたし:この穴は「かつて一人の子どもだけが脱出した」という神話的な場所として存在し続ける必要がある。
 タリアやベインのカリスマ性の源泉のひとつにもなっていると思う。そのまま残すのは不思議でない。
 看守を置いたら単なる刑務所になってしまう。「子ども」の特別性が失われてしまうだろう。
 また、タリアにとっては、自分が抜け出した「穴」からあなたは抜けられるかしら、という一種の挑戦の意味もあると思う。


町山智浩氏:どうやって「穴」から戻ってきたのか、どうやってゴッサムに入ったのか、描かれないのはおかしい。

わたし:地獄から復活したバットマンが“突如”ゴッサムに降臨する、ということが重要なので、途中の手続きを省略するのは作劇上は間違っていない。バットマンの超人的能力は当然の前提となっているのだから、あえて逐一描写しなくてもいい。ネイビーシールズだってゴッサムに入れたのに、バットマンが入れないはずはないでしょう。
 あと、「穴」が別の大陸にあるってのは確実なんだったっけ。アメリカ国内にグァンタナモみたいなのがある、ってことはないか。中米あたりならヒッチハイクとかで帰還可能だけど。


町山智浩氏:ベインによって証券取引所が襲撃されたことは誰もが知っているのだから、不正に行われた売買でウェインが破産するのはおかしい。

わたし:襲撃事件があったからといって、すべての取引を無効にするわけではないと思う。無効にしたために大損した人に訴えられるだろう。指紋認証でウェイン本人として取引したのだから、少なくとも一時的には成立するのでは?「詐欺の証明には時間がかかる」というセリフで説明になっていると思う。
(証券取引がどんなシステムなのか全然知らないので自信ありませんが)

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2012年07月27日

『メリダとおそろしの森』 監督 マーク・アンドリュース 、 ブレンダ・チャップマン


残念ながら、ピクサー映画にしてはあまりおもしろくなかった。
中世スコットランド風の世界を舞台にした魔法物語。
この手のお話は子供の頃から大好きで、ピクサーがついに進出してくれたか、と喜んでたのに。

王女メリダは、運動バカというのか、馬で森を疾駆しつつ矢を射る姿はとても凛々しくかっこいいのだけど、その実、わがままで考えなしの女の子。どうも感情移入できない。
母親にあんな物を食べさせたらだめでしょう。子供だからってこれは度を超してないかな。魔女に悪気は無くて、全部メリダのせいだよね。教訓物語のパターン化された主人公なら納得できるかもしれないけど。
きっとこれから成長するに違いない、と自分に言い聞かせながら見なければならなかった。
実際成長するのでまあいいか。

おとぎ話のお姫様といえば王子様を待つばかりだったのに、求婚を拒否するなんて現代的、と最初思ったのだけど、考えてみれば、求婚を拒否するお姫様っておとぎ話にも出てくるよな。求婚者に難題を出したり自ら闘ったり。最終的には結ばれるかもしれないけど。
親が決めた政略結婚にメリダが反発するのはいいとして、反発のしかたが何か現代っ娘みたいに見えた。「こんなの絶対おかしい!」って、この時代ではメリダの方がおかしいんじゃないのかなあ。展開を納得できるようにするにはもう一手間必要ではなかったか。世界に人物が溶けこんでない感じがした。
もっとも当時のスコットランド女性を私は知らないので、固定観念を押し付けようとしているだけなのかもしれない。

このことに限らず、ちぐはぐな印象をうける部分が多かった気がする。まじめなのかふざけてるのか分からなかったり。魔法の使い方がご都合主義だったり。
監督が途中で替わったことと関係あるのかどうか。

まあそれでも、スコットランドの森の描き方とかすごく良かったし、最後はそれなりに盛り上がったし、良いところもたくさんあった。ピクサーへの過剰な期待をおさえて気軽に見ればもっと楽しめたと思う。しかしピクサーにさえ期待できないようになっては困るのだが・・・。

苦労したという巻き毛の表現も良かった。髪なんかどうでもいい、と思っていたけど、見てみると確かに印象的。


『メリダとおそろしの森』という日本題名は良いですね。
でも誤解を招くタイトルかもしれない。森の力を描く神話的ファンタジーを期待すると拍子抜けする。
基本的には母子関係を描いたちまちましたお話。

原題はBrave。ブレイブ・ハートと関係あるのかな。スコットランド魂を一言であらわす言葉なのかもしれない。勝手な想像だが。


おまけの短編が二編。トイ・ストーリーの番外編と、月をめぐるメルヘン「月と少年」(イタロ・カルヴィーノ の『レ・コスミコミケ』にこんな話なかったっけ)。
どちらもイマイチかなあ・・・。

ピクサーの今後のラインナップはこちら
http://eiga.com/news/20120427/5/

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2012年07月10日

山田五十鈴さんが亡くなった


山田五十鈴さんが亡くなりました。

溝口健二監督の『祇園の姉妹』(1936年)を見たときの驚きは忘れられません。
映画自体も素晴らしく、大好きな映画の一本となりましたが、特に、当時まだ10代の山田五十鈴の堂々たる演技には圧倒されました。
あれを演技と言っていいものか、その存在、たたずまいが、一人の人間がここに確かに生きている、とはっきり感じさせてくれました。
役者の演技に「衝撃」といってよいほどの強い印象を受けたのは後にも先にもあのときだけではないかと思います。

それまで「昔の女優の一人」という程度の認識しか持っていなかったのですが、それ以来、もっとも尊敬する映画人の一人となりました。

ご冥福をお祈りします。


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2012年07月06日

『アメイジング・スパイダーマン』 マーク・ウェブ監督


ついに、あのスパイダーマンが別人になって帰ってきた!

ちょっとリブート早すぎないかな、と思わないでもないけど、シリーズが進むとすぐマンネリになるから、このくらいで仕切り直しというのも悪くないか。3作目はいまいちだったし。
でもあまり楽しんでは前シリーズのメンバーに申し訳ないな、と若干の後ろめたさを感じつつ鑑賞した。

悪くなかった。でもそんなには楽しめなかった。中途半端な感じがした。

お話は、まあ前シリーズの1作目と大して変わらない。
新味を出しつつ、かつ従来のファンも満足させるというのはかなりハードル高かったかな。

ユーモアに乏しくて、暗め。
恋愛要素が濃いのは前シリーズと同じだが、リアルな青春映画みたいな雰囲気で描かれるのでちょっと戸惑った。
私がスパイダーマンに求める恋愛は、三角関係でどきどきしたり、正体を隠すために誤解されてしょんぼりしたり、もっとベタなラブコメ的展開なのだ。(ラブ米って誤変換されたけど、どうですかね、この米)

たぶん、前シリーズと比較するのをやめれば、この映画の魅力をもっと見つけられるのかもしれない。

でもグウェン・ステイシーって、私の恋敵じゃないか! いや違う、メアリー・ジェーンの恋敵じゃないか!
同じような話を相手を取り替えて繰り返すってどうなのかな。
原作だとステイシーの方が先なんだっけ。原作ファンにとってはグウェンこそスパイダーマンのヒロインという位置づけなのかな?
映画から入ったわたしにはMJこそ恋人なのだが。前シリーズを完全に断ち切るのはむずかしい。
いずれにせよ原作だと二人とも殺されちゃうんだったっけ、確か。
どこかであらすじを読んで、結構ショックを受けたのだ。(ウィキペディアには違うこと書いてある。記憶違いだったか)

ヒロインがあまり可愛くないのはスパイダーマンの伝統なのかな。リアルで良かった。
ピーター・パーカー役の子も、写真見たときは美男子すぎるとおもったけど、よく見ると変な顔だ。

肝心のアクションシーンはやや迫力不足。
ビルの谷間を飛び回るシーンにもあんまりダイナミックさがなかった。夜のシーンが多いせいか。
闘いにおいても、小刻みな糸玉攻撃が多くて、なんだかちまちましている。
もっとも、わたしが見たのは2D字幕版。
「2Dで十分ですよ! 分かってくださいよ!」といいたくなる映画が多いのでめったに3Dは見なくなった。

日本版のエンディングテーマとして日本語の歌が使われている。
こういうことは厳に謹んでいただきたい。
歌自体は悪くなかったんだけど、やっぱりオリジナルのままでやってほしい。
と思う人がほとんどだと思うんだけど、わざわざ差し替えるってことは喜ぶ人が多いのだろうか。
洋楽は売れないのでタイアップできないから?
配給会社のやることって謎が多いよなあ。
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『カラマーゾフの兄弟』 イワン・プイリエフ監督

『カラマーゾフの兄弟』
【原題】BRATYA KARAMAZOVY
【監督】イワン・プイリエフ               
【出演】ミハイル・ウリヤーノフ、キリール・ラヴロフ、アンドレイ・ミヤフコフ
【原作】ドストエフスキー    
  〜1968年 ソ連 モスフィルム制作〜                                       


NHK衛星放送で三日に分けて放送された物をまとめて見た。
面白かった。でもせっかく三部作にわけたのだから、もっと長尺にしてほしかった。
三部あわせても4時間弱。当然、原作の内容は大幅に削除されている。

完全な映画化はもともと期待していなかったのでとくに不満は感じなかった。
中心となる殺人事件に絞って脚色しているので、一本の映画としてよくまとまっていて、最後まで緊迫感があった。
どこまで原作の再現を求めるかによって評価が変わるように思うけど、わたしはかなり好きだ。

短縮はしているけど、改変はあまりないと思う。もっとも小説をはっきり憶えているわけではないので自信はないが。
俳優はイメージどおりとはいかなかったけど、熱演。わたしのイメージが正しいわけではないし、これはこれでよいと思う。
映像は特に美しくない。モノクロの方が良かったかな。
でもきっと時代考証はちゃんとしているだろうから、服装とか部屋の内装とか、小説を読む際の参考になる。

第二部なんかは感情が高ぶってしまって涙に暮れながら見た。ミーチャがグルーシェンカを追ってモークロエ村に行くあたりとか。
原作を読んだときの感動が甦ってきた。

子供たちのエピソードは丸ごと削られている。コーリャもイリューシャも、犬のジューチカも出ない。
二等大尉スネギリョフが「見ましたか、見ましたか!」と叫びながら二百ルーブリを踏みつけて泣くところもない。
イワンの長広舌も短縮されている。猟犬にかみ殺される男の子の話はあるけど、便所で「神ちゃま」と祈る女の子の話はない。大審問官の話もないし、アリョーシャの接吻もない。
裁判も大幅に短縮。イワンの乱心ぶりは大げさじゃないかなあ、と、そこでちょっと冷めてしまった。でも原作読み返したらそんなには変えてなかった。


ドストエフスキーの他の映画化作品を思い出すままにあげてみよう。

アンジェイ・ワイダ監督の『悪霊』。
かなり省略されていたけど雰囲気が良かった気がする。

ルキノ・ヴィスコンティの『白夜』。時代を現代に移し変えて映画化。
これは原作を読んだ直後に観たので「違う、そうじゃない!」と不満が募ってしまった。
また見直してみようかな。

ヴィスコンティは『地獄に堕ちた勇者ども』でも、『悪霊』のスタヴローギンの少女陵辱シーンを描いている。それにしても凄まじい映画だった。映画でドストエフスキーに匹敵するものがあるとしたらこれじゃなかろうか。

黒澤明の『白痴』は北海道を舞台に。「フィルムを切るなら縦に切れ!」 はこの映画だったっけ? かなりカットされてしまって残念。

あと黒澤明監督は『赤ひげ』でも、『虐げられた人々』のネルリのエピソードを組み込んでる。

『白痴』はジェラール・フィリップ主演のものもあったな。やや印象が薄いけど、端正に作られていたような気がする。

エミール・クストリッツァがジョニー・デップ主演で『罪と罰』を撮るとか言う話を以前に聞いた憶えがあるけど、今となってはありえないか。
検索したらこんな記事が。
The Voice of Russia「ドストエフスキー生誕190年 作家の人物像の映画作品」
「セルビア人映画監督のエミール・クストリッツァは『私の友、フョードル』と題した長編小説の執筆を終えようとしている。内容は『罪と罰』についての映画を撮ろうと夢見る映画監督についてで、監督にはそのための資金がない。ところがそこに、殺人を行うなら資金を提供しようという申し出がなされる。」

きっとソ連でもっと作られているんだろうけど、観る機会がない。
『少年たち「カラマーゾフの兄弟」より』という映画もあるそうだが、未見。http://movie.goo.ne.jp/movies/p16328/index.html
posted by 読書家 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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