2005年10月27日

『上海にて』堀田善衛 著

『上海にて』堀田善衛 著(Amazonnへ)
感銘点:86点(100点が最高) 読んだ年齢:21歳以上

 大江健三郎が「中国について日本人が、戦後に書いた、最も美しい本のひとつ」という名著。堀田善衛の出発点ともいえる上海での青春時代が描かれている。
 堀田善衛氏は1945年3月に国際文化振興会から上海に派遣され、日本敗戦後も国民党の宣伝部に留用されて1946年12月まで滞在した。その11年後の1957年にも招待されて中国を旅した。その経験を元に日本と中国という「宿命的関係」を考察する。
 戦前、戦中の上海を描いたものは多いけれど、戦後上海の混沌を生々しく伝えてくれるという意味でも貴重なエッセイだ。

 アメリカで作りすぎた戦時物資がダンピングされて救済物資としてなだれ込み、「救済されすぎて昇天してしまった」民族産業。すさまじいインフレーションが人々を襲い、暴動が頻発し地下組織の血なまぐさい暗闘が繰り広げる中、共産党が農村から侵入して上海を解放する。
 "魔都"や"モダン都市”といったありきたりのイメージに寄りかからず、独特の視線で上海を描く。血なまぐさい日中の交渉史を重く背負い、内在的に日中関係を捉えなおそうとする。
 文革も改革開放もない40年以上前のエッセイとはいえ、根元から中国をとらえようとする堀田氏の姿勢はまったく古びない(当たり前だ)。
 結論を急がず、一見とりとめの無い記述は時にもどかしさも感じるけれど、最近の日中関係でも、性急に勇ましい結論に飛びつきたがる人の多いらしいことを思えば、むしろ今こそ読まれるべき本だろう。

 もちろん思索ばかりしている本ではなく、堀田善衛自身の、日本兵の乱行を制止しようとして殴り倒されたり、高熱に苦しむ同僚に薬を届けるため、特務機関が支配する危険な街にさまよい出たり、日本に協力した漢奸の処刑を、日本人の一人として立ち会わなければと嘔気をこらえて見に行ったり、漢奸幇助罪に問われるのを覚悟の上で漢奸作家(柳雨生)の家族を室伏クララ嬢とともに見舞ったりした若き日の行動にも心打たれるものがある。
 ただ、これについては前にも書いた、ということであまり詳しく書かれていない場合も多いのが残念だった。前に書かれたものは何を見れば読めるのだろう。全集を読めばよいのか。読んでみてもいいな。(最後の室伏クララについては「乱世の文学者」にも書かれているはず。武田泰淳の「聖女侠女」のモデルにもなった女性だと『李香蘭と東アジア』所収の「"淪陥区"上海の恋する女たち―張愛玲と室伏クララ、そして李香蘭」に書かれていた)
 上海が舞台の短編小説はいくつか読んだ。歯車、漢奸、歴史など。特に歯車はおもしろかった。

 ちなみに同時期に上海で友人だった武田泰淳によると、上海時代の堀田は、「女にほれやすい、だらしない男」、「つまらぬ相手を買いかぶる」、「詩人的才能は有り余るほどある」、といった印象だったそうだ。(新潮社『日本文学全集 堀田善衞集』の付録より)


 スタジオジブリから堀田善衛氏の映像や音声を集めたCD・DVDが出ている。なぜスタジオジブリなのかというと、宮崎駿さんが堀田氏を深く尊敬しているからと思われる。
 中国で人を殺してきたことを自慢するような大人を間近に見ながら、日本人としての自分を否定せざるを得ないような少年時代を送った宮崎氏にとって、「日本人の誠実の証」と誇りを持って思える堀田氏のような人がいたことは大きな救いになったのだろう。
 司馬遼太郎を交えての鼎談『時代の風音』も面白かった。

 「堀田善衞」が正しい表記だけど、表示されるのかな。
posted by 読書家 at 23:04| Comment(1) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by くれど at 2012年02月09日 19:06
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